ゼラチンシルバー-LOVE-

d0068430_10221060.jpg

「ゼラチンシルバー-LOVE-」脚本具光然監督操上和美。
製作ファントム・フイルム。出演永瀬正敏、宮沢りえ、役所広司
 何でしょう。できるだけいい映画だけを書いて行こうとして
なかなか出会えない。でも何が駄目だったか、足りなかったか
も書くことをやらないといけないか最近思う。
 これは、この映画の監督であり製作会社の会長で有名なフォト
グラファーの個人的にやりたかった映画なのかなと思った。
港の自宅でタマゴを食べる女の生活を向かいのビルからカメラ
に記録する仕事をしている永瀬。それを依頼した役所。
女(宮沢りえ)は、殺人者だった。全体に会話のないスタティック
な映像でところどころ挿入される東映やくざ映画「網走番外地」
のインサートでこの監督は60才以上の団塊の世代かと思ったら
70に近かった。はじめは「黒い十人の女」のようなものが
やりたかったのかと思ったが、象徴的に出てくる宮沢りえのゆで
タマゴを食べるどアップばかりがくり返されてある結末で終わる。
何だろう。これは30分の短編だったらこれでよかったと思う。
しかし長編映画となるとシナリオが出来ていないとつづかない。
12分30秒という面白いタマゴのゆで方がでてくるのだから
これを生かせなかったか。
この時間は女の狙っている人物の警備の解ける唯一の時間とか。
女の設定も曖昧なまま。そして何より永瀬が女を撮り続ける
ことでどんなLOVEが生まれてくるのか、これを書けないと
シナリオにならない。
そして何よりもエロチックでない。ソバカスだらけの宮沢りえ
の口のアップじゃ申し訳ないけど萌えない。
でまたなるほどという話がないから余計に不完全燃焼になる。
在り来たりのお話はやらないんだと言われるかも知れないが
それだったらもっと高度なシナリオ・演出テクニックがいる。
反ストーリーの洗礼を受けた安保世代の映画かぶれの方は
ここを熟考せず、ゴダール的とごまかしてしまう。
あの時代にあった映画でいえば、アントニオーニの「欲望」
などがこの映画の参考になったと思うがあの名作はよく
練られた反ストーリー映画になっていた。
 新藤さんが誰でも一本は映画が撮れるという言葉がある
が短編から長編へいけるかがその試金石になる。
蓼科で会った短編映画の若い優秀な作り手たちが長編へ
の模索をしていた。
長編映画は、人生のエポック的な断面を切り取るだけで
なく人生の再構築をしなければならない。
ここに力量が問われる。
逆にいうと「ゼラチンー」をつくったプロデューサーたち
はこのシナリオを見て再構築しようと提案しなかったのかと
もったいないと思う。
これだけいい一線の俳優が出ていて格好いい映像を撮って
いてシナリオがよければスマートな快作になったのに。
いま日本にいいプロデューサーがいない証拠になった一作
だった。
[PR]
by stgenya | 2009-12-12 10:54 | 映画・ドラマ
<< アバター 森繁久彌よ、永遠に。 >>