イエロー・ハンカチーフ

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「イエローハンカチーフ」2007年アーサー・コーン制作。
脚本エリン・ディグナム監督ウダヤン・ブラサッド原作ピート・ハミル
出演ウィリアム・ハート、マリア・ベロ、クリスチィン・スチュアート
 もちろんこれは山田洋次監督作品「幸福の黄色いハンカチーフ」のリメイク。
まだ始まったばかりの松竹本社の東劇で夕方の回4人の観客で見た。
こんな大きくて立派な劇場で試写よりも少ない客と見たのは初めて。
 で映画は面白くないのかというと違う。良くできていて大人の映画になって
いた。ある意味ウィリアム・ハートは、ナイーブで人生の酸いも甘いも経験し
尽くした弱くて強い男を演じて高倉健とは又違った深い演技をしていた。
 最初の刑務所を出てくるところからあの二枚目俳優がこんな禿げでデブにな
ってしまったのか、少し哀れに思いながら見ていたら段々かっこ良くなってく
る。これはハリウッド俳優の層の厚さ。決して伊達にキャリアを積んでいない。
 ハチ公につづいてのハリウッドのリメークとしてはなかなかうまかった。
そしてこの映画を見ていて日本版と違った味。大人の成熟したラブストーリー
を感じた。どちらかと言えば「マディソン郡の橋」のような荒野にお互い傷を
もった大人の男と女が出会って激しく結ばれるテイスト。
 長い旅をして傷を負い持ち直してまた旅をつづける人は、みんな本来野生の
荒野で生きている。手負いは仕方ないし当たり前だ。お互い認め合っていい
ところを見て共生していくことが人生ではないか。この世に完璧なんてないよ。
そんなメッセージを感得した。人は完璧ではない。
それはマリアとウィリアム・ハートが結ばれるときマリア・ベロがいうミスと
いう単語にそのすべてが表されている。
 ガキのふたりは、それぞれ生い立ちの事情があるが若いときは好き嫌いの
基準が高く表面的になりがち。でもそれをいつまでも夢見ていたら人は生き
られない。どこかで納得して生きなければならない。
そんな大人の実像を見事に描いていた。
 またニューオリンズの荒廃した港町の雰囲気もいまの世相を切り取っていた。
カメラは、車のの中での三人のそれぞれの並走ショットの撮影を人物を浮きだ
させて全体にクリアで安定感のある秀逸な力量を見せていた。
そしてやはりラストのハンカチのショットは、日本版と同じ感動があった。
これは、一枚のハンカチーフではなくあの無数のはためきが長く待っていた
という女の気持ちを絵として表して映画的なのだろう。
それはまた原作のよさでもある。
 それにしても宣伝が下手なのか、こんな動員で大赤字ではないか。
松竹の向かいの歌舞伎座が取り壊されているのを見ても松竹映画の衰退を
痛く感じざるを得なかった。東劇の受付と売店の女の子二人と清掃のおじさん
はどこか昭和の匂いがしてとてもまじめに笑みを忘れず応対していたのに
残念な興行のはじまりでこころが痛んだ。
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by stgenya | 2010-06-29 03:34 | 映画・ドラマ
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