三木のり一さんの祖母

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           水町庸子  池上喜代子
 
三木のり一さんに会う。
もちろん父親が三木のり平さん。
でもお婆ちゃんとお爺ちゃんがムーランの初期の大幹部俳優。
水町庸子と三國周三。そしてお母さんは、水町(三邦)瑛子で
斉藤寅次郎の「子宝夫婦」(1941)など映画や舞台で活躍。
日本橋出身の三木のり平さんは、その水町庸子の娘瑛子さんと結婚。
ここも鈴懸銀子さんと同じ日本大衆芸能のサラブレット。
のり一さんには、さらに中山呑海という日本活動写真
からトーキー映画へ移行期に活躍した名監督の血も流れている。
 ムーランの水町庸子は、可憐で明日待子が子役で
入ってきていろいろお芝居を教えたりしたトップ女優だった。
座員に手を出す癖のあった佐々木千里は、中山呑海によって
連れて来られた水町庸子に恋いこがれた。
可愛いだけだった水町庸子がムーランの黄金期の昭和10年代には、
芝居のうまい女優になっていた。
佐々木千里の想いは、ついには叶えられず
三國周三と結婚されてしまう。
貴重なアルバムをお借りしたことに感謝。
のり一さん自身もテレビの黄金期と寄席や芝居の
まっただ中にいられた人。
話が面白くあっという間の時間が過ぎた。
是非「極め付昭和芸能譚」を書いてほしい。
経験者の強さは、実際に一流の芸人と付き合っていること。
単に話を聞いたではなく、生活の一部として接していた
匂いみたいなものを知っていることって貴重である。
いや、なかなかムーランは、奥が深い。
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by stgenya | 2011-12-16 05:53 | 人物インタビュー
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