ALWAYS三丁目の夕日'64

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「ALWAYS三丁目の夕日'64」脚本古沢良太、山崎貴、原作西岸良平、
監督山崎貴。製作ロボット。企画阿部秀司事務所。
 渋谷TOHOの二週目の平日で満席。宣伝が行き届いて各世代層の観客。
みんな押し並べて反応がよかった。隣にいたオバサンは、ロクちゃんの
結婚話で堤真一が「うちの工場へ来たときは、こんなほっぺた真っ赤でよ」
というセリフを言いだす当たりでガサゴソ鞄からハンケチを出して
おいおい泣く始末。
作り手からしたら、現場の苦労が吹っ飛ぶ僥倖の瞬間である。
 8年前の第一作からシリーズ3作目にしてやっといい形になった
ように思う。
監督も出演者もいい作品にめぐりあえる幸運は、なかなかあるもの
ではない。
今回は、明らかに俳優陣が成長して作品世界を引っ張って行った。
特に堤真一と堀北真希とが1作目より数段よくなっていた。
そして面白い発見は、吉岡君が「寅さん」で肌身で吸収した喜劇
のコツを体現していたことだった。本作の柱は、茶川と淳之介と
ロクちゃんと恋人森山未来との2本柱。そのなかでも吉岡君の
やった茶川の役は難しい。
ある意味嫌な奴。まともにやったら、ついて行けない。
義理の息子淳之介との葛藤は、そのまま作家としてのライバル関係。
それを喜劇的に人物構築することによって物語の奥深いところへ導く。
渥美清ほどはできなくても吉岡君は明らかにそのことを自覚して
発声の仕方や目線の移動を計算して茶川に丸みをつけている。
この強弱の付け方の努力が実っている。1作目よりうまくやっている。
高い声をどのセリフで出してるか注意して観られたらいいと思う。
でも原作信奉者からするとこだわり過ぎに見える。
でも山崎監督は、この人物の成長物語をやりたかった気がする。
だからわざわざロクちゃんと東京五輪で終わればいいところ
を茶川と淳之介の別れを入れて次につづく的な終わり方にし
ている。
 特撮をうまく創る山崎監督は、この映画を茶川の成長談
としてつくっている。
前半のロクちゃんのデートする件は、もっと喜劇的なカット
割りやセリフ回しがやれたのにもったいないと思ったが監督
は別に喜劇をやっているわけではないのだから、
余所から文句言っても仕方ない。
ただそれが成功するかどうかは4作目にかかっているように思う。
それから盛り上がるロクちゃんの結婚式でロクちゃんの本物
の親の扱いが省かれすぎてたのもシナリオ的に解せなかった。
 しかしデフレで失われた20年を生きる日本で元気のあった
昭和30年代をモチーフにうまく成功した映画の例と言える。
シリーズは三本目がカギ。2匹目は行けてもだいたい3作目
でつぶれる。今回の'64でそれはクリアできた。
これから昭和40年代の4作目に突入する。
「夜明けのスキャット」とGSと三島自決の時代だ。
作品としての価値は、ここからが黄金のシリーズ映画に
なるかの試金石だろう。
そしてそれは、山崎貴監督にとっても自分との慾との
戦いでもある。
かつて山田洋次が松竹のラインナップに乗りながら、
「家族」をつくりたかったように。
シネコンが全盛のこの時代、ヒットすることと作品質
をあげることの難しさ。
とりあえずいいスタートがきれたことを祝福する。
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by stgenya | 2012-02-03 16:08 | 映画・ドラマ
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