日活100年裏インタビュー撮影所案内1


戦後日活再開からロマンポルノまで在籍した
スチールマンの目黒祐司さんとプロデューサーの結城良煕さん。
ふたりに撮影所を案内してもらった。
本館や銀座オープンセットのあったところは
今は巨大マンションになっている。
つまり経営難で切り売りした。
正門の位置も現在は、多摩川の方になっている。
ただ
食堂は昔のままでガラス窓や壁も当時と変わらない。
マンションに向かって右の奥が大道具の工作所。
そこで昭和36年に赤木圭一郎がスポーツカーで激突
して死んだところ。
目黒さんの話だとこの年の一月に石原裕次郎もスキー事故で
数ヶ月入院して映画の企画を変えざるを得なかった。
そのおかげで小林旭の渡り鳥シリーズができたり
宍戸錠や高橋英樹、和田浩二がデビューできたという。
目黒さんもや結城さんもフリーになっても
つい最近までこのスタジオで仕事していたので
会う人ごとに今日は何の撮影と聞かれていた。
自分も角川映画や「マルサの女」の頃ここで働いたが
他の撮影所より明るい印象があった。
それは一番後発の新しい会社だったことも関係していると思う。
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by stgenya | 2012-07-24 06:47 | 人物インタビュー
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