トニー滝谷

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 市川準監督・村上春樹原作・坂本龍一音楽。去年公開の1時間15分。
不思議な静かさとせつなさに立会い、見つめさせられる中篇映画である。
 監督は、宮沢りえに観終わってもまだ風を感じるような映画にしたいと
云ったそうだが、そこは成功していたと思う。
 高台の草原にセットを組んで回り舞台のようにして撮影した手法が
独特の空気感と視点を作り出していた。
それは、時間が人の歴史になっていく過程を表現して、村上春樹の
持っている乾いた喪失感と諦めとも違う地平線に転がる透明な孤独を
すこぶるうまく捉えていた。
風が流れるように時間が流れる。
母を幼くして亡くしてジャズ演奏者の父の手のもと戦後育ったトニー滝谷は、
精密画がうまくイラストレーターになる。ただ緻密な線を毎日ひくだけの日々
にルノー5に乗った宮沢りえと出会い結婚する。
初めて味わう独りでない生活。しかし彼女には、抑えられない買い物癖
があった。ブランドの服を買いつづけ、一部屋そのためにあけなければ
ならなかった。トニー(イッセー尾形)がなんとかやめさせようとした矢先
彼女は交通事故で死ぬ。そしてトニーは、残った膨大な服に合う女性
を秘書のように雇う。時給でぎりぎりに生活している彼女も宮沢りえが
二役で演じている。
そして秀逸なシーンが、この高級なブランドの衣裳部屋で亡くなった
奥さんのことをふと思って、宮沢りえが泣き崩れるところだ。
ひひひひぃぃぃぃーと笛のような声を上げて泣き伏すこのシーンが
あって、この映画が成立している、いやこのシーンのために、この映画
はあると云っていいほど感服させられた。
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物語はこれからトニーがその泣いてくれた
アルバイトの子が辞めた後も心に残る
ところで終わる。
 ひとりの男の孤独が、幽かだがこころを
満たしてくれる存在に出会い風が物干し
のYシャツを乾かしてくれるように癒える。
しかしそれも束の間別れがくる。結局人間は孤独なものだ、と思い煩う
が、いままでの孤独な自分と少し違う。
それは、確かな今はいないが触れ合うことが出来た新しい自分が
そこにあるから。
 坂本龍一の音楽がまだ耳からはなれない。
せつないピアノだ。
人はいつでもひとりだし、ひとりでは生きられない。
徹底的に削り取られて、磨き上げられた時の流れの短い秀逸な映画だが
彼女が買い物狂いになる件やトニーのふたりのりえの間で揺れ動く
様をもう少し丁寧に観たいという気がする。
いつもあと少し満足しない市川準作品だが、いままでになく感嘆した。
イッセー尾形と宮沢りえの素敵なふたり芝居だった。
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by stgenya | 2006-06-09 12:34 | 映画・ドラマ
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