ククーシュカ

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 ククーシュカ~ラップランドの妖精~
アレクサンドル・ロゴシュキン脚本監督のロシア映画。
モスクワ映画祭最優秀監督賞受賞。
戦争と平和と人生についての静かな喜劇映画である。
「世界は、完璧じゃないが、人生もまんざら捨てたものじゃない。」
こんなセリフが語られる。
 フィンランド最北の地ラップランドで逃亡兵のロシア人イワンと軍に
合わず置き去りにされた若いフィンランド兵ヴェイッコとがサーミ人
の女アンニのところへ転がり込む。
はじめに誤爆で負傷したイワンをアンニの献身的な介護で救い、
最後は撃たれて死の淵まで行ったヴェイッコをアンニの土俗宗教
的祈祷でこの世に生還させる大クライマックスが待っている。
人間が本来オオカミやトナカイと同じこの地球の生き物だと
諭してくれる映画である。 
 この映画が面白いのがロシア語、フィンランド語、サーミ語の
三つがそのまま無変換で物語とともに進行するところだ。
お互いに理解できないまま怒ったり笑ったりする。
そして生きるための仕事をこの現地人の若女房のもとふたり
の大の男がさせられる。
兵役で数年夫が帰ってこないアンニは、男がほしい。
逞しいヴェイッコに迫り、一晩中セックスに耽る。アンニの
激しい喘ぎ声だけが聞こえる湖畔のほとりの木の小屋の
ロングショットは滑稽だが、美しい。
 一方この原始的な生活に馴染んできたイワンは、そんな
ヴェイッコにいつの間にか嫉妬を抱くようになる。ある時
戦闘機が近くに落ちて銃を手にしたイワンは、過って
ヴェイッコを撃ってしまう。そして死の山へ導かれる
ヴェイッコを救う犬の遠吠えの祈祷がはじまり、かろうじて
生き返ってくる。この後アンニは、イワンをベッドに誘い、
祈祷の疲れも忘れて又性の歓喜の声をこだまする。
美しい風景。
やがて戦争は終わり、ふたりの男は、右左へ別れて
それぞれ国に帰っていく。
そろそろ冬がはじまろうとするラップランドの山で女
アンニは満足そうに双子の男の子と並んで海を見つめる
ところで終わる。
昔戦争があって、敵味方の兵隊が来て、一緒に暮らした。
女は、この土地から離れずそのどちらかの子孫を産んだ。
たぶんその子らは、ヴェイッコやイワンと同じように生きる
ために岸辺の仕掛けにかかった魚を獲り、薪を集め、
トナカイの乳しぼりをさせられるだろう。
そうしてまた時代は過ぎていく。d0068430_114304.jpg
 ククーシュカとは、ロシア語でカッコーを指し
又狙撃兵を意味する。最果ての地でひとり
暮らしのアンニは、カッコーと渾名されたと語る。
生の営みをこれほど清々しく見せてくれる
映画も珍しい。金や名誉、策略、独占、陰謀、
権力、地位と言った物語のテーマをすべて
洗い流して、本来の生の源に帰った性の営み。
ある意味おとぎ話のようで極めて現実的な肌触りの映画に
なっている。 監督のロゴシュキンは、レンフィルム出身で大衆
映画が得意と聞く。
土俗宗教がでてくるキリスト教国の映画といえば、スウェーデン
のベルイマンの「処女の泉」を思い出すが、ここではもはや邪教
との対立という捉え方ではなく、サーミ人の風習で命が助かる
という大らかな立場をとっている。
ソ連時代に一度宗教を捨てさせられた国で生まれ育った監督
の新しい眼だと理解すればよくわかる。
 それにしてもこの映画が成り立つには、クリスティーナ・ユーソ
というラップランド出身でいまもそこでトナカイを飼っている女優
を見つけたことが大きかったと思う。この美人でもセクシーでも
ない本物のサーミ人がその自らの美しい心で画面に記録された
ことが何よりも貴重だった。
だれでも男だったら、このカッコーに捕まってしまうかもしれない。
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by stgenya | 2006-10-06 11:41 | 映画・ドラマ
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