ブロークバック・マウンテン

 
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アカデミー賞で作品賞を逃して有名なアメリカ映画。
監督は台湾人のアン・リー。独立系ながらベネチア映画祭で
金獅子賞をとるなど国際的な映画際やアメリカの批評家協会賞
なと゜いっぱいとった「心を揺さぶる感動作」と名打つ作品。
 こういわれるとテーマがたとえ反社会的であれ、いやむしろ
反ってそう言われれば言われるほどそういう心を揺さぶる感動
をしたいものである。これは映画を観る醍醐味のひとつなのだから。
 しかし最初に言ってしまうが、ピクリとも心が動かなかった。
ハンカチどころか、涙も笑いも出てこない。
本当に映画宣伝っていうのは、当てにならない。
また近年の「ベネチア映画際」というのも当てにならない。
この30年で映画のマーケットがアメリカ映画に飲み込まれてから
は、国際映画祭は「カンヌ」だけになったと言っていいくらいレベルが
下がった。恐れずに言うならいい映画だがタケシが獲るくらいだから。
 いいワイオミングの風景といいウェスタン調の音楽。
はじめの二人が牧童職で出会うところの初々しさは、なかなかである。
丹念に描く羊追いの描写、雪の積もる山々の景色。
テントひとつと補給の豆缶で野宿するふたりの青年。
この映画の特色はこの中で単に友情を超えた愛の姿を描くだけでなく
中盤から街にそれぞれが帰ってイニスは、結婚して二人の娘をもうけ
ジャックは、ロデオで知り合った資産家の美人馬乗りと結婚し又
息子をひとりもうけてしまうことから悲劇がはじまることにある。
 あるとき久々に出会った二人は、昔の関係に戻っていく。そして
当然お互いの家族に不調和が生まれて不幸な結末に向かっていく。
さてどういう映画にしろ、たとえその趣旨や趣向がなくてもいい映画
というものは、何か人を感動する力を持ちえる。
極端に言えば、いい映画或はうまい映画は、知らない国の知らない
言葉の映画でも人をきちっと描いていればどこの国の人でも感動する。
 この映画がうまく創っているにもかかわらず宣伝文句のとおりに
ならなかったのは、この二人の男が本当に愛し合っていなかったこと
が大きい。もちろん演技者として。また監督はその二人の関係をその
点でしっかりと映像に焼き付けられなかったのではないだろうか。
 貧しいが幸せだと思っていた女房を不幸にしてまで、またその自分
の子供たちまで蔑ろにしても結ばれたい愛があるなら、その説得力
がどうしても必要ではないのか。
 いい愛の映画は、溝口もそうだし、ビスコンティやトリュフォーなども
しっかりと形は不倫だったりするが、許されぬ愛のかたちを熱く描いて
感動させる。簡単に言えばお互いが見詰め合っただけでその渦中の
反社会的な事柄が乗り越えられるくらい真実味があれば足りるのだ。
 シナリオ的には、初めて再会するイニスの家の前でいきなりキス
して妻に見つかったしまうのも芸がない。たとえば釣りから帰ってきた
ときとか、魚の土産がおかしいとかもっと順番を積んだ方が妻の
不審に気持ちが入っていくだろうし、又別れ別れになっているイニス
とジャックがその20年の間にだんだん抜き差しならない気持ちに
なっていく過程があれば、ジャックが殴り殺されたと知ったラストで
もっと感動するように思う。
とにかくきれいにうまく作っている映画だが、中身の熱さをしっかりと
映像にできていれば宣伝文句の通りの映画になっていたかもしれな
いが、ここまでリアルにやったからいいだろうという甘えがアン・リー
にあったかどうか・・・・
 やっぱりどんなものでも映画は、映画館を出た後暗い夜道を歩き
ながら何かこころに残るものを持って帰りたいではないか。
衝撃的な何かだろうが、ハートウォーミングな何かだろうが・・・
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by stgenya | 2006-10-19 12:01 | 映画・ドラマ
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