涙そうそう

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 泣ける映画の時流に乗ってTBSが創立50周年記念でつくった映画。
脚本が富良野塾出身で「ドクター・コトー」「優しい時間」などを書いた
吉田紀子。主演が若手の牽引車の妻夫木聡と長澤まさみ。
 まず素朴に映画館で今気づいたんだが、巻頭製作配給の東宝マーク
が出るが、何回か変遷はしているのは、知っていたが中央で゜輝く後光
のブルーのバックが星空だったのが、単純に今はブルーになっていた。
 ついに東宝にもスターが消えていたのだった。
スターをどう育てていくか、各社で競争していた昔と違って現在は非常に
宙ぶらりんになっている。下手すると芸能プロダクションとCM会社に
委ねられすぎていて、使い捨てされる。
 さて、この映画「涙そうそう」は、どうか。よくつくっている。
特に妻夫木がいい。あの明るさで画面の隅から隅まで走り回るニーニー
がいて、この映画の涙の価値がある。そして長澤も少し幼い口調で
意識してしゃべるところは妹としてよかった。
申し訳ないがこの二人でなければ、この今更時代的な話を最後まで
成立させることができただろうか。
(東宝のスターを欠いた映画界からこの才能の二人をちゃんと育てて
 くれるのだろうか。若者の人気に肖り映画とCMで売って金だけ吸い
 取って捨てないように)
沖縄の離島育ちで幼くして母が再婚したために血のつながらない兄妹
で暮らし、義父は逃げ、母も病で亡くしておばあちゃんに育てられる。
その兄は、高校を中退して那覇の繁華街で青果卸で朝から
こまめに働く。妹は出来がよく国立沖縄大学に入学するため勉強し
に兄の家に来る。
ここからドラマがはじまる。シナリオ構成的にはじめにこれらを回想で
話の進行と絡めて説明する。そして兄の恋人、兄の夢の店をもった
ことが人に騙され、借金を抱える。兄の肉体労働。妹の進学の揺らぎ
そして妹の実の父の出現。しかしお互い引き合う成人の兄妹が、
それを意識すればするほど別れて暮らすようになる。
そして兄の病・・・・と○○流みたいな展開。昔だったら松山善三が
黒沢年男と内藤洋子で書きそうな映画だが、いまこれを見て今なり
に解釈すると、ここのところ兄妹映画がつづいているのも、一人っ子
の世の中、兄弟姉妹がある種の幻のメタファーになっている気がする。
自分たちにないものへのあこがれ。そこにロマンティズムを求めている
のではないか。
 またこの作品は、撮影も良く頑張って最後これでもかこれでもか
と泣かせてくれる。この涙が強い感動になるには、もうひとつ掘り
下げ方が必要だったのではないだろうか。
まず貧乏育ちの兄は、店をもってお金を稼ぎたい。母を亡くし父を
知らず育ったニーニーのこころの中はどうなんだろう。
医学生の恋人との関係がすごく曖昧に感じた。
妹を初めてニーニーが恋人の麻生久美子に紹介したときに見せた
麻生久美子の演技は、いきなり女の嫉妬の目になっていた。
ここは、むしろ美しい妹に対する漠然とした不安でよかったと思う。
 またこの構成の欠点は、金が見えないことだ。ニーニーが店を
人の力でもって作りそれが騙されたエピソードで具体的な金の
流れがわからないまま進むから妻夫木の肉体労働の無理が
気持ちで落ちない。嵐で濡れて病気になって・・・エピローグという
のも芸がなさ過ぎないか。
 そしてもうひとつこの映画のヘソだと思うことで製作者たちが落
としてしまったことがぼくはもったいない気がしてならない。
それは、長澤まさみの妹が父に会うシーンだ。
これを省略形で描いてしまったが、実はここに妹の心の変化を
表せたのではないか。父を見つけて、父を追い、一時行方不明に
なって父に失望して又独りになる妹。激しく自分の中から湧き出る
女を隠しきれなくなり、はっきりと血のつながらないとわかった兄
の元へ行く。しかし兄は・・・と出来た筈だ。
この物語は、「伊豆の踊り子」や「潮騒」のように若手俳優の登竜門
にもなりえる話である。頑張っているだけにもっと練りこんでつくれ
ばよかったと思う。
 形だけは整っていても、いじめられたり、虐待されたり、孤立したり
今の若いひとは境遇はさまざまだ。しかしそれでも明るく生きて
行こうとする力。この映画は、いわばニートたちへの応援歌でもある。
 ウォーターボーイズから見ている妻夫木聡は、逸材だ。
スターの言葉の似合う明るくてイキのいい二枚目男優である。
 彼がこれから大人の役にどう変化していけるか、注目したい。
今回の彼も生き生きとして素晴らしかった。ほんの少し気になった
のがTシャツの腹が出っ張ってきたことだ。早くスターシステムを
確立しなければ、間に合わなくなってしまうよ。
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by stgenya | 2007-01-19 12:14 | 映画・ドラマ
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