市川崑物語

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岩井俊二監督の市川崑監督へのオマージュ映画。
 てっきり新作「犬神家の一族」のメイキングや、市川崑の
ドキュメント作品などと思ったら大間違い。
四年ほど前に岩井のところへ仕事のオファーがあって、南平台
の市川崑監督の家へ通うことになったらしい。
 横溝正史作品初期作品の映画化をいっしよにやろうということ
で岩井と市川崑の脚本づくりがはじまった。
岩井は、どうやってこれを映画にするんですかと聞くと市川崑が
共同監督だよ、と答えた。
 がそれはうまくいかなかった。ちょうど四季の会のときのように
実力監督同士で映画をつくるのは、難しい。
しかしこのときのふたりは、運命的な出会いをした。
キャッチコピーであるように、
「この世の中で一番話の会うひとに出会ってしまった」
角川映画第一作「犬神家の一族」を中学生のときに一日に2回も
観て映像の面白さに目覚めた岩井少年は、市川崑からいろんな
話を聞いた。
 そしてその生涯を写真構成と年代順の作品カットで構成した
「市川崑物語」を自分で編集した。
 この中で一番つよく出ているのは、市川崑と和田夏十との公私
とも一緒だった関係である。
夫婦であり、監督と脚本家である二人三脚。d0068430_16171321.jpg
 ウォルト・ディズニーに憧れて映画監督になった
市川崑と全くの素人で偶々東宝で通訳の仕事を
していたキャリアウーマンの茂木由美子とが恋に
おちて、小さな結婚式をあげ、市川由美子になり、
又偶々次の映画の脚本の直しを手伝ってもらったら
台詞が書けると脚本を依頼するようになり、和田夏十が誕生する。
ここから昭和30から40年代と市川崑の文芸作品ができあがる。
 岩井俊二は、ほとんどこれをラブストーリーのように追っている。
人間の才能とは、不思議なもので名作を書いた和田夏十は、
映画監督と結婚しなければ普通の主婦に納まっていたかもしれ
ない。そう考えると、保育園に向かえにくる若い母親の群れに
何かしらの才能が埋まっているように思えてくる。
 さてこの「市川崑物語」にもどると、確かに市川崑の人となりは
わかるし、岩井俊二の崑カットへのラブメッセージもわかる。
 しかし少しの不満があるとすれば、又しても一人称映画である
ということだった。
あれだけの映像とストーリーテラーとしての才能があるのに
「スワローテイル」から「リリー・シュシュのすべて」などの長編に
自分とテーマとの格闘が決着しないまま一人称映画として終わ
ってしまっているところが残念だった。
 今回も市川崑と私としてつづりながら、黒澤明のことや岩井
映画の逆光撮影のことなど話したとしか語られず、それについて
どんな内容の話をしたかが全くないのだ。
市川崑は、映画を光と影としてとらえて、自分も同感しながら、
二人にとって映画制作とは何か、もっと知りたいところだった。
中身をもっと提示してほしかった。
オリジナルに拘ってきた岩井俊二が原作ものをやるというのは
もしかしてとてもいいアイデアだったかもしれない。
彼にとっての突破口になりうる話である。
さすが巨匠市川崑だ。
脚本・市川崑、岩井俊二、監督岩井俊二の「本陣殺人事件」は
ちょっと観てみたいものだ。
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by stgenya | 2007-02-06 16:12 | 映画・ドラマ
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