ディパーテッド

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ディパーテッド
 マーティン・スコセッシ監督とレオナルド・デカプリオの「アビエーター」に
つづいてのコンビ映画。香港映画「インファナル・アフェア」の米国翻案版。
 二時間半。スリリングで熱い展開にぎっしり詰った快作だった。
舞台は、ボストン南部サウシ地区。ここを根城にしているボス・コステロ
と市警察のマフィア撲滅の特別捜査課との間で繰り広げられるスパイ劇。
 アイルランド系の貧しい家庭に育った若者がそれぞれ警官になり、
方やマフィアに、一方が警察の中枢に偽って入り込み、ハラハラドキドキ
のアクションが始まる。
 この映画を観てスコセッシという人は、溝口の女を描く手法の対極だ
と思った。「ミーンストリート」から本作まで多彩な作品群の中で音楽
映画やコメディーものを凌駕して男のバイオレンスを扱った映画が大
きな柱となってある。歴史ものや社会ものを手がけても、黙っていると
女と女に翻弄される男を描いてしまう溝口健二。
 スコセッシもお金だけ与えて黙っていると男と街の暴力に翻弄される
男をつくってしまう。それほどバイオレンスが好きなのだ。
しかしフィルムノワールの代表的なバイオレンス監督とちがうのが、聖
なるものに対する人間の罪としてのバイオレンス・テーマなのだ。
ニューヨークの厳格なカトリックの家で育ち、聖職の道に行きかけた
経歴があるだけに深いテーマになっている。
 この映画の中心になっているのがボストンのアイリッシュ系のカトリック
家庭で育ったという二人の主人公の設定が脚本のウィリアム・モナハン
のオリジナルで香港版の二重スパイの設定だけ借りて後は、自由に
書いたそうだ。スコセッシは、そこに気に入った。人間は、どうして暴力
から逃げられないのか、どうして神は救ってくれないのか。
あれだけ激しい暴力シーンを切れ味のいい映像で見せる才能を持ち
ながら、隠し切れないピュアな良心へのあこがれと失楽が頭を出す。
 繊細な神経とバイオレンスに獲りつかれた男。
彼が学生時代に撮った短編に髭を剃っていて血だらけになるだけの
「Big shave」という五分のものとただ山に登って朝日を見つめて心
が清らかになる男の10分のものとがあったが、この二本を延長して
いくとディパーテッドにたどり着く気がする。
 それから配役については、女精神科医のビーラ・ファミーガ以外は
すべて絶妙でこれ以上に今の米国映画界ではないのではないか。
マット・デイモンもいいし、ジャック・ニコルソンも絶好調でデカプリオ
は、よく子役からここまで一線で成長しつづけている。
マットとレオと悲しきエリートを演じて見事である。
ただブランドやP・ニューマン、マックウィーンのようなワイルドな味が
いささか足りないように思えるが。
まあ、そこまで行ったら二人とも早死にしてしまうしかないか・・
 そしてカッティングとしてスコセッシは、初めの25分でふたりの若者
の警官になるまでの生い立ちなどをうまく編集しているが、ここで
面白い編集をしている。レオの母が亡くなる前後の話をダメな伯父と
との会話場面に母を看るレオをインサートしている。これは、単なる
回想ではなく、心象風景でもない。よく二時間ドラマである犯人の告白
場面で刃物が振り下ろされるカットインなんかでもないのだ。
あまり今までに他の映画でもみたことがないが、スコセッシがやった
のは、ダイジェストのインサートなのだ。会話やシーンが続いていて
それまでの主人公の心の成り行きに当たるシーンの一部をインサート
する。それも一つだけでなく。つまり小説を読んでいて間に写真や絵
が挿入されていることがあるが、文字を読み飛ばしていきながら、
ぼくらは写真や絵を頭に同時に入れている。これに近い効果を狙った
カッティングである。複雑な展開や話のときに読み飛ばしていき
ながら印象に残るように編まれている。
 そしてもうひとつ。後半になると「羊たちの沈黙」以来サスペンス映画
で使われるようになったトリック編集を今回多用している。
警察でマットがギャングの身分書からレオをパソコンで割り出そうとする
場面とレオがマットのデスクでねずみの証拠の封筒を見つける場面で
このふたつの違う出来事をカットでつなぐとあたかもふたりが同一状況
にいる錯覚に観客は陥り、マットがパソコンでレオの正体を突き止める
のをレオが見つけてしまうようなシーンになる。ハラハラして結果別の
ことをしていたというあの「羊たちの沈黙」でジョディ・フォスターが
隠れ家に入り込んでドアを破って犯人が入ってくるのをカットで
つないで結果全く別の場所でジョディは助かるというあの編集である。
これは、クライマックスで有効なカッティングだ。
 さて、ラスト。しゃべっちゃいけないだろうからいわないが「タクシー・
ドライバー」の生きて表彰される皮肉とがらっと趣向が変わっている。
ラストカットは、窓辺にいる生きたホンモノのねずみだった。
そしてかかる音楽が「スウィート・ドリーム」の甘いギターだ。
これは、個人的には涙が出そうになった。
1981年の自分のテーマソングだったから。
スコセッシ教授、レオとまだまだいけるぞ。よかったね。
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by stgenya | 2007-02-22 14:42 | 映画・ドラマ
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