人気ブログランキング | 話題のタグを見る

市川崑「花ひらく眞知子より」(シリーズ処女作のころ)

市川崑「花ひらく眞知子より」(シリーズ処女作のころ)_d0068430_19291347.jpg

2月13日肺炎のため映画監督市川崑、死去。
 享年92才だった。巨匠が又一人星になった。
映像派のエンターテイメントの監督でアニメからドキュメント
に文芸作品から実験的な作風まで非常に多岐に渡っていた。
そして黒澤さんなどと比べても多作だった。
80本の本編とテレビドラマにテレビCMと多彩な才能を発揮
した人でユーモアあふれる演出家だったが、時として現場で
は、俳優にきびしい面もあったそうである。
 ここで市川崑の冥福を祈って、最初の現存する処女劇映画
「花ひらく眞知子より」についてふれようと思う。
原作野上彌生子。脚本八住利雄。音楽早坂文雄。昭和23年の
新東宝映画。出演高峰秀子、上原謙、藤田進、吉川満子等。
 ストーリーは、ブルジョワの娘眞知子(高峰秀子)のお見合い
の音楽会からはじまり、その押しつけがイヤでかつての同級生
のアパートを訪ねて、政治活動家の上原謙と知り合う。この
アトリエ風の部屋の近くが精神病院があり、奇妙な声が
夜な夜な聞こえることで活動家の不気味さを出している。
一方、姉夫婦の形だけの結婚生活も目の当たりにしていて
女性としてどう生きたらいいのか、悩んでいる時期でもあり
その義兄の関係の会社の若社長こと藤田進とも雪山で遭難した
ことから近づくが、資本家ということもあり、革命を夢見る
上原謙に次第次第に憧れていく。
そして活動の末端をやっていた同級生の病気でふたりの関係
がいよいよ親密になり、自分の人生をかけるのは、この人
しかいない。何でも言うとおりに行動をともにする。と
上原謙に告白し、結婚とまでなったときに実は、同級生の
女の子に彼の子供がお腹にいるという事実を彼女から知ら
される。大きなショックを受けた眞知子は、上原謙に別れ
を告げ、ひとりでもう一度自分の人生を歩いていくことを
ひとり海岸に立って思うのだった。
24才で大学で社会学の勉強をしていて、女性の自立とは
何かに悩んでいて、初めて人を本気で好きになり、裏切ら
れその挫折から立ち直るという非常に社会的なテーマの
映画である。個人と組織の論理が語られるが、崑さんの
趣向ではなかったろうが、非常にそつなく作っている。
 オルグナイザーとしての上原謙を描くのに、その怪し
いアパートや風景をドイツ表現主義的な極端にコントラ
ストの強い画面構成で怪奇的に表現していたのが崑さん
にしては、珍しかった。
ただこの初期作品でほとんどのカットが広い意味でアク
ションつなぎになっているところが驚きであった。
人物のカットバックで何らかの仕草をしている。
タバコを取り出すカットの次が火を差し出すカットと
つなげている。あるいは、動作がない場合は、目線が
必ず動いている。目線を向ける、その目線を受けると
いったカットつなぎになっている。つまり某かの動きに
よってカット割りをしている。後年「犬神家の一族」や
「細雪」などのグループ・ショットで一瞬極端に短い
犯人や姉妹の顔や仕草のカットをフラッシュ・バック
する手法を繰り替えしていたが、このアクションつなぎ
の延長のように思えた。
 ともかく初期作品としては、鮮烈なデビュー作じゃ
なかったが、ある意味難しい話をメロドラマにして退屈
させない努力が見られて一時間半があっという間である。
 また市川崑ほど撮影所を渡り歩いて、成功した監督も
いないのではないか。東宝争議で新東宝でデビューし
昭和26年に東宝に復帰し「足にさわった女」「プーサン」
とつくり、30年には日活に移籍し「ビルマの竪琴」を
ヒットさせ、一年後には大映へ移り「炎上」「野火」
「黒い十人の女」などの文芸作品の名作をつくる。
そして東宝にまた戻り角川映画「犬神家の一族」で
横溝シリーズを連作する。
私が同時代で記憶にあるのは、学校で見た「太平洋ひとり
ぼっち」とテレビの「木枯らし紋次郎」。そして東宝
の「我が輩は猫である」(昭和50年)からであるが、
何よりも衝撃を受けたのは、ATG「股旅」だった。
アメリカン・ニューシネマを見事に時代劇に置き換えて
ショーケン、尾藤イサオ、小倉一郎のキャラクターが
面白く食えない百姓の若者が支離滅裂な青春をおくる
そのリアリティーが新鮮だった。
文芸作品で興行的に堅く、こういう実験的な作品で
映像と表現の可能性を追求した最後までパイオニア
だった。
映画って何か。動く映像で人のココロに何をどう届くの
か。スタイルが多岐にわたった分カメラに写し撮られる
カットの絵造りとつなぎという視点でその真理を追求
していった映画作家だった。そしてその熱い作家の視線
を抱きつつ最後までカツドウ屋だった。
葬儀では好きだった「キャメル」と2冊の台本が棺に
入れられたという。それは、「どら平太」と「犬神家の
一族」だった。改めて冥福を祈る。
by stgenya | 2008-02-17 22:09 | 映画・ドラマ
<< 潜水服は蝶の夢を見る チーム・バチスタの栄光 >>