ぼくのピアノコンチェルト

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「ぼくのピアノコンチェルト」監督・脚本フレディ・ムーラー
 出演テオ・ゲオルギュー、ブルーノ・ガンツ他。スイス映画。
 もしかしたら音楽と数学は脳において関連があるかもしれない。
少年が鉄条網を超えて、自家用飛行機を拝借して空を飛ぶ
イメージからはじまり、この同じ映像が今度は、大好きだった
お祖父ちゃん(ブルーノ・ガンツ)との思い出とヴィトス少年の
新しい出発へとつながっていく。
 この映画は、明らかに娯楽映画としてつくられている。
しかしヨーロッパの、しかもあの「山の焚き火」をつくった監督
の久々の作品となればアメリカ映画とは趣きがちがってくる。
その隠し味の調合の仕方が奇妙なファンタジー色を醸している。
 物語は、一人の天才少年の成長の話で幼児の時父の祝賀会でピアノ
を弾いて大人を驚かせて、学校でも数学が異常に出来て、飛び級。
家庭教師の女の子をつけるが、一緒に飲酒して親に首にされる。
ヴィトスは、その女の子に恋していまう。でも引き離されて
高校の授業にもピアノの高名な先生のレッスンにも拒否するよう
になってしまう。12才の天才ヴィトスにとっての思春期。
こんな鬱屈した気持ちを慰めてくれるのがお祖父ちゃんだけ
だった。祖父は、年金暮らしで工作するのが趣味で子供の頃
はパイロットが夢だったという。
やがて父の会社が傾き、生活が危ぶまれるとヴィトスは、わざ
と普通の子にカモフラーシュしていたが株の世界で天才を
発揮して大逆転・・・・
と大人も子供も楽しめるお話になっている。
ここでこのプロットの良さを言うと主人公の少年の天才ぶりと
実像の少年の体の成長を話の起や転でうまく使っているという
ことで頭の成長と女を好きになるという心の成長と一致しない。
そこから来る展開が自然である。
 ムーラーの映画作家として飛行機のイメージと自転車で広場
を普通の男の子とぐるぐる乗って遊ぶ何気ないカットで音楽
をクラシックとロックと振り分けてつないでいるシーンが
ポエティックで美しい。
 山小屋で一人暮らしの祖父との関係が処女作の「山の焚き火」
の不便な山の暮らしとリンクしているようで心の基本に自然に
対する畏敬がこの監督にはあるように思える。
それからこの作品が成立しているのがヴィトス役のテオ少年で
ある。実際にコンクールで優勝した現役のピアニストで長い
キャスティングの末に見つけた素人だが、実際にピアノを
驚くスピードで弾くワンカットがどれだけこの映画に貢献して
いるか。話がファンタジーなだけにピアノ演奏は、ホンモノ
でやった分が客の目を引く方へ役立っている。
傑作ではないが良質の映画だ。むかしだったらよく学校で
見せた優良映画鑑賞会の映画だろう。
「チャーリーとパパの飛行機」と似た要素がそういう意味で
ある。映画は、多様である。たまには、子供と一緒に観る
のもいいだろう。
ただ小学生で大学並みの天才は結構いるが、大人になったら
止まってしまうのが多い。そこからさらに上へいく天才は
実際は世界で一握り。子供の思春期にこだわっているムーラー
監督は、もうブルーノとほぼ同じ老年である。
永遠の少年のココロをもった映画作家の娯楽作品だった。
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by stgenya | 2008-04-27 07:18 | 映画・ドラマ
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