私は貝になりたい

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「私は貝になりたい」脚本橋本忍、監督福澤克雄。製作濱名一哉。
 名脚本家橋本忍が49年前に映画化したものを中居正広でリメイク。
かつて黒澤明に「あれでは貝になれないんじゃないの」と言われたこと
がずっとひっかかっていて、一度引退したものの、どうしてもこれを
やりたいと拘って出発した作品。
 2時間19分。確かに見応えがあった。特に中居と妻と子どもが面会
する場面には、こんな演技ができるんだと中居正広を見直した。
未だにSMAPが一線で活躍している理由がよくわかる。
高知の最果ての岬に流れついて床屋を始めた主人公清水と女房の房江。
カメラがよく、このまるで「ライアンの娘」のような岬の風景を活写して
いた。前作でできなかった巣鴨プリズンや東京の焼け跡風景などの再現
がCGでうまくでき上がっていた。妻役の仲間由紀惠がやや物足りなか
ったが、プリズンで同室の鶴瓶や草薙君が適役ではまっていた。
話が暗いモノだから鶴瓶のキャスティングは、正解だった。
 前作ともうふたつ違うところは、妻が嘆願書を集めに四季を通じて
方々歩き回るシーンと石坂浩二扮する上官が戦犯で処刑される際に米国
の無差別爆撃は、条約違反ではないのかと告発して死ぬところか。
房江の嘆願書集めの道程は、観ていて「砂の器」を彷彿させた。
テーマ組曲で夏、秋、雪の中へと断られてもお願いに歩く姿は、放浪
の父子の「砂の器」を思い出してしまう。
ここで仲間がもっと役になりきっていたら、もっと泣けただろう。
映画は、映像で見せるもの。その基本を踏まえているので、この辺鄙
な田舎町の景色と敗戦の日本荒廃の様が映画になっていた。
そして橋本脚本のうまいところは、面会で顔も知らない赤ちゃんの指
を父親の中居が格子越しになめるとお兄ちゃんの男の子がぼくのもと
せがんでなめさせるシーンで親子の切なさがよく表されていた。
特に男の子が四国に帰って、プリズンから帰ってこない父を思って
なめてもらった自分の指を空にかざすところは秀逸だった。
そして一緒に観ていた観客のほとんどがエンドロールでなかなか席を
立たないで、つらい話だなとつぶやいていたことが印象的だった。
悲劇なのだ。なんでもハッピーエンドの現在でこんな悲劇をわざわざ
やるのだから、何か意味があるのかと考える。
それは、やはり今これをリメイクしたかったのは、戦後が忘れ去られ
て久しい現在。そしてアメリカの力が後退した2008年。やっぱり
あの戦争はなんだったのか。と問い直す機会になる映画だったように
思う。勝者が敗者を裁いた戦争。そしていつも底辺の人びとが先に
死んでいく戦争。これらを考えるといい時期につくったと思う。
正月にもう一度見てもいいかなと思わせる仕上がりになっていた。
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by stgenya | 2008-12-24 20:02 | 映画・ドラマ
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