カテゴリ:映画・ドラマ( 163 )

時をかける少女

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1983年3月に撮影されて8月夏休み興行となった角川映画。
現在文芸座で大林宣彦映画祭として上映されている。
34年ぶりに劇場で観た。
傑作映画が成り立つ4条件。
ストーリーの面白さ。
映像の構築度の高さ。
演出の純度と集中力の極致。
そして
キャスティングの幸運。
この映画は、大林作品では極めて幸運な到達点になった作品だ。
特に原田知世のデビュー作品としての幸運。
役者がある作品のヒロインにその素材としての生身の人間が
どれだけ適しているか。
どんな素晴らしい俳優でもその人のその時代しか存在しない
生の身体というものがある。
例えば「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーンがあの時
19才だったこと。映画撮影に慣れてなくて男性経験もさほどなく
あの素の女の子としての魅力が幸運にもあの映画の巡り合わせだった。
同じように「時かけー」の原田知世がまさしくそれだった。
それを監督がスタッフが一番に感じて映画を撮っていた。
幸運な俳優と作品との巡り合わせ。
この4番目の要素が最も出た作品がこの1983年(昭和58年)の
「時をかける少女」だったのではないか。
だから今見ても心動かされる。
新海誠の「君の名。」は、この「時かけ〜」と「転校生」を
組み合わせてつくつたような構成になっている。
大林さんの偉大な功績だと言える。
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by stgenya | 2017-09-10 04:18 | 映画・ドラマ

西風

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昭和56年12月公開。
「ムーランルージュの青春」公開時にこの映画の主役をやった
榎本君から連絡あり、京都で水だしコーヒー店を展開する
青年実業家になっていた。
近々デジタル化しておこうとも考えている。
当時赤坂東京現像所での試写室で新藤兼人さんとふたりで見た想い出が
蘇る。このとき助監督をやってくれた溝上潔君は、その後新藤さんの
「午後の遺言書」のプロデューサーになる。
もう一度このロードムービーの精神から出発しようと思う。
新しい映画のために。
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by stgenya | 2017-07-06 02:59 | 映画・ドラマ

君の名は。

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「君の名は。」原作・脚本・編集・監督 新海誠 制作Comixwave
配給 東宝。28日目にて興収100億円突破。
 新海監督は、短編・中編のモノローグで語る私小説的な作風が特徴だった
けど今回は、練りに練ったエンターテイメント作品にして成功した。
 つまり予告で出て来る「転校生」的な内容の映画かと思っていたところに
話の中盤から大きく壮大な物語を紡いで行く。それも入れ替わりという
モチーフをラストまで生かして。
 それは、歩道橋で三葉と瀧がケイタイがつながらなくなった時点から一気に
展開する。瀧は、三葉に会いに行く。そして三葉の住んでいる飛騨に衝撃の
事実を知る。ここで時間軸がズレていたことが提示され、それを取り戻す
新たな物語に転換する。それも二転三転と。
 ここがいままでの新海作品と違う所だ。この激しい変化を107分に納めた
ために、あれ、あれはどうなっているんだろうと観客は頭の中で整理して
後半のカット一つ、セリフひとつを再吟味しようとしてもう一度見たくなる。
失われた時間、距離、記憶の新海三要素を今までと逆転してポジティブに
取り戻そうとして物語を書き上げたことが結果的にうまくいった。
これを可能にしたのは、最初に三葉の町と家族と神社のしきたりを20分
ぐらい長く見せていたことと入れ替わる二人が戻るとその記憶がなくなる
という決定的なカセを観客に印象づけたこととが大きい。
つまりズレた時間とふたりの距離と失った記憶をご神体に納めた口かみ酒
を瀧が飲むことでワープして、喪失の穴を埋めようと三葉になった瀧が
活躍し、ある自然災害を克服し、希望を取り戻すというドラマになった。
もちろん監督本人も言っている通り、3.11がここにかかわって来る。
あれだけスキな人の名前も忘れてしまう入れ替わり。
会いたいのに会えない切なさ。
それが時間が5年飛んで再会し、ラストの「君の名は?」となる上手さ。
森田芳光にしても相米しても岩井俊二にしても代表作はひとつあればいい。
それからするとこの作品は、新海誠の明らかに代表作になる。
思えばだった一人でCGアニメを自主制作して始った若者が100億の大作
を手がけてしまう時代なのだ。師弟もなくプロの現場経験もなくできて
しまう。これは、大きなことだ。
この夏、この映画に熱中した少年少女の中に第二の新海誠が、宮崎駿が
出て来ないとこも限らない。
そして東宝が最初15億いってくれれば御の字だった「君の名は。」が
ここまで大化けしたのにびっくりしているだろう。
夏休みの最後8/26公開、しかも渋谷や池袋、有楽町などメインでTOHOの小屋
からはじき出されて、キャパの少ない劇場になってしまった。
でもこれが逆に新海にはプラスになった。
劇場が小さいから連日超満員。これがニュースに。そして後半の町を
救うシークウェンスが端折った(ここは、もっとうまい編集があったと
思う)ために10代20代がもう一度見ないとわからないとリピーターに
なったこと。あらゆることが幸運に動いた。
次が大変だろうが新海監督には、是非頑張ってもらいたい。
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by stgenya | 2016-09-26 01:50 | 映画・ドラマ

スターをつくるのは、オリジナルストーリーだ。


井上梅次監督へのインタビューで
石原裕次郎を日活の江守さんから売り出すのには、
どうするのかと問われて、
配役では、脇を固めてから
まずストーリーだと言われる。
それもオリジナルストーリーだという。
裕次郎を最初文芸作品に出して、下地をつくってから
オリジナルストーリーで見せ場をつくり、
娯楽作を生み出す。
スターを際立たせるようなストーリーにしようとすると
自然とオリジナルになる。
大好きな井上梅次監督の貴重な話である。
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by stgenya | 2015-07-18 03:19 | 映画・ドラマ

映画評論家がいなくなった

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とある有名なヒット作のプロデューサーと話していて、マスコミ試写に来ない
映画ライターがいっぱいいて、DVDを送る習慣がいつのまにか出来て、
そのDVDも返さない。
もうDVDを送るのやめようと思っているとこぼされた。
だいたい映画ライターなんて言葉は、いつごろから出来たのだろう。
映画評論家と昔はいって、著作もあって言う事に重みがあった。
松田政男や佐藤じゅうしんみたいに喧嘩してまで論をはる人もいた。
それが今テレビ雑誌の芸能コーナーで映画を紹介する人を映画ライターと
言う。
評論家は、詳しい映画の知識がいるが、それほどなくてもできるということか。
DVDで映画を見る。
キネ旬や新聞の映画欄の映画記事を書いているライターも
そういうことが多くなった。配給宣伝から断れないとそれですます。
 試写室が仕事場だと言った古い批評家もいた。
忙しいからそれも仕方ないのかもしれないが、映画は、
やはり映写して見てもらいたい気がする。
途中で電話がかかる、家人や宅配の声が聞こえる。
そんな環境で出来立ての映画を批評する。
それを読んで映画館に足を運ぶ一般の人は、
映画館でみんなと見ている。
キネ旬のベストテンだって、100本以上の映画が対象になるのに
投票している映画評論家は、それぞれが2,30本しか見ていない。
全部見ている人が何人いるのだろう。
それで順位を決めるのって統計学的にもおかしいね。
この二十年、日本映画がよくなっているのだろうか。
どんな小さな作品も昔のキネ旬の村井さんみたいに足を
運んで評価する人がいた。
いろんな映画やシナリオのコンクールがあるけど、
突出したライターや監督が出てこない。
芥川賞などもそうだけど、それって選ぶ方にも責任があると思う。
あるいは、選んだ作品や作家がその後活躍せず、
何年もそういう状態がつづく。
それは、選ぶ評論家の能力も問われることにならないのだろうか。
コンクールで意見が白熱して、審査員が降りるという
真剣さがかつてあった。
評論って、それでめしを食うわけだからそんな真剣勝負が
もっとあってほしいと思う。
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by stgenya | 2015-06-23 05:09 | 映画・ドラマ

道しるべ予告編



人の生き方も考え方も十人十色。
丁か半か・・・
見えない道しるべを選んで進む道。
どっちに行っても
恨みっこなし。
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by stgenya | 2015-04-16 03:33 | 映画・ドラマ

大瀧詠一forever


大瀧詠一が亡くなって一年以上が経って
このところ毎日彼の過去の業績を聞いている。
音楽のみならず、映画、スポーツ、コケに至るまで
凝って理論化し追求する真面目な姿と
はっぴいえんどの旧メンバーや山下達郎や坂崎幸之助など
と語るザックバランな自由人の福生のご隠居としての姿
など浮かんで来て、とても不思議な人だったと思うと
同時に大切な人を亡くしてしまったんだなと胸さける。
大瀧さんには、是非喜劇映画の音楽をやって頂きたかった。
それが残念でならない。
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by stgenya | 2015-03-14 01:30 | 映画・ドラマ

新作映画「道しるべ」

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映画「道しるべ」が完成し、6月角川シネマにて公開が決まりました。
 振り込め詐欺に遭う園まりさん扮する老婦人と詐欺の手先の
ミフネ・トシロー役の仁科貴さんと園さんの恋人・浜畑賢吉さんに
たまたま同じ名前・ミフネトシローだった金谷ヒデユキさんが
じぐざぐに絡み合う喜劇映画。
 五年前に企画が出た時は、オレオレ詐欺だった。
それが今では、特殊詐欺とまで形態がころころ変わっているが、
詐欺の中身は、同じ。
そしてその被害がますます増大している。
これは、映画にしないとたいへんだと脚本書きが始まったのが
ちょうど一年前。
やっと映画にたどりついて、ベストなキャスティングを得て
発表できるまでになった。
映画の企画は、自然と実になる。
大事なことは、その映画を信じること。
その一言に尽きます。
誰が何と言おうと、一週間寝て
その映画の夢が覚めず、ますます膨らむ場合
自分を信じること。
つくづくそう思います。
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by stgenya | 2015-01-22 10:48 | 映画・ドラマ

そこのみにて光輝く

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「そこのみにて光輝く」脚本高田亮、監督呉美保、制作ウィルコ、配給東京テアトル
 出演綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉、高橋和也、火野正平他。原作佐藤泰志。
 公開6週目の新宿テアトル。半分の入り。
なかなかつややかで哀しく美しい映画だった。
何より池脇千鶴がいい。彼女のキャリアからこれだけ女を演じたものは、
見たことが無い。女優が自分の中の何かとピーンと触れ合った時に本能的に
体現する僥倖の瞬間を見せてもらったように感じた。
太地喜和子などとイメージが重なる。そして綾野剛もいい。「シャニダール
の花」の時もそうだったが、あの、前髪で隠れた細いナイフのような目は、
今回も有効な演技道具となっていた。
 そしてこの映画を観ていて、柳町光男の「さらば愛しき大地」を思い出
していた。あの、色褪せない、日本映画の珠玉のセックスシーンの
秋吉久美子の妖しさを思い浮かべた。池脇千鶴のちょっと太めの肉体から
発する切羽詰まった輝きが挿入の時の喘ぐため息に後光のように
反映していた。
この女流監督のこの原作を映画化するに当たって、肉体的感性を主軸に
置いたことは、この映画の完成度に貢献し、成功したと思う。
それは、この映画の中で映画的なつなぎだなあと思った箇所があり、
そこに肉体主軸の策略が見えた。どこかというと主人公達夫と千夏が
初めて結ばれるシーン。ふたりがキスをして絡み出したシーンの次で
男の尻丸見えでセックスが始まっている。千夏は、喘ぎながらも
「もういいでしょ」と逃げるシークゥンス。
ええ?と思うと、それは、達夫とのセックスではなく、愛人の中島
とのセックスに入れ替わっている。つなぎとしては、映画「卒業」で
ミセスロビンソンとのセックスシーンがいつの間にかプールの
浮きボードに乗るシーンと入れ替わったとの編集的には、
同じなのだが、ここで愛を感じた達夫とのセックスの次に
愛を感じていない中島とのセックスへ移行して、
初めて中島を拒絶する。
好きな男ができたら、女は、別の男を本気で受け入れられない
というメッセージであるように編集している。これは、
女流監督の力だと思う。
シナリオでは、達夫とも中島ともキスするという行為でしか書
かれていない。そこをセックスシーンに撮影では入れ替えている。
監督の力量をここに感じる。
 それからこの不遇な作家佐藤泰志の作品の映画化が、デフレの
失われた20年の若者の群像の現代にぴったりハマっている。
限られた職しかなく、その牌のために身を切り刻んでいる今の
若者の姿が見事に表している。
 まるで行き場がなく、泥沼の底で魚が交尾している姿にこの
二人の男女が丸写しで久々に骨太で秀逸な映画だと思った。
中上健次の原作映画化と通じるものがある。路地と泥沼。
「千年の愉楽」もこのキャストでやれば、違ったかなと余計な
ことをつい思ってしまう。
6週でこれだけ入っていれば、ロングランだ。
いや、それにしても池脇は、徒者ではないよ。


 
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by stgenya | 2014-06-02 01:57 | 映画・ドラマ

新作への最初の道標

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今日新しい映画のキャストが決まり、顔合わせがあった。
企画自体は、四年前からあったものをこの三月にやっと脚本化できた。
映画は、基本的にエンターテイメントであると思っている。
映画が、映画館の中のお客と密接につながっていないと
それは、理論のための映画である。
私は、それを否定はしないが自分のつくるものは、少なくとも
映画創始期の「見せ物」的な要素を加味したい。
 今回の映画は、コメディである。
低予算で映画をつくるために必要な第一条件は、本。
シナリオが面白くないとどんなに頑張っても息切れしてしまう。
構成もセリフもそしてテーマも今の日本を反映して練られたもので
ある必要がある。
そこは、苦しんだ分一定の水準になったと思っている。
そして今回は、幸運なキャスティングができた。
多分大きな予算をかけてもこれだけのキャストは、変わらない。
園さんのお婆ちゃん役と浜畑さんの恋人役。
金谷・仁科両氏のダブル主役。
コマーシャルとテレビ局や広告代理店のからんだ映画づくりは
もう行き詰まっている。
映画を作品を愛している人たちがやっていると時々思えないものが
大量に流れてくる。
自分たちが本当につくりたいものを観てみたい役者さんと
ちゃんと作ることがそれらに風穴を開ける道だと思う。
夏の撮影に向けて、このキャストの方たちとスクラムくみたい。
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by stgenya | 2014-05-25 03:30 | 映画・ドラマ