カテゴリ:映画・ドラマ( 163 )

イングロリアス・バスターズ


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「イングロリアス・バスターズ」脚本・監督C・タランティーノ。
彼の興行成績の中でトップになったらしい。
しかし米国ほど日本では熱狂的なロングランにはならなかった。
 まず長い上映時間で俳優の演技と物語構成の運びとが緊張感が
あって、いままでのタランティーノ作品に見られない重量感が
あった。これは、ある意味B級アウトロー映画大好きの彼の中で
行き着いた到達点であるのではないかと思った。
 悪を悪らしく描く。フィルムノワールとしてのピカレスク。
彼の持ち味であるグロ(エログロのエロは彼は淡泊で薄い)を素材
にしながら復讐劇を第二次大戦という時代劇として描いた。
一人のユダヤ人の女の子ジョシュナがドイツ人ランダ大佐のSS
から逃れてアメリカのブラッド・ピット扮するレインのドイツ・
ハンター軍団の力もあって、成長してフランスで映画館の館主
となった彼女・ショシュナがヒットラーたちを迎えての映画会で
復讐を成し遂げるという話で時間の制約でカットしているため
に随分荒いところもあるが最後まで見せきる。
 面白くなかったら、金を返すという日本の興行宣伝にはかな
っていた。又ジョシュナ演じるメラニー・ロマンが昔のドヌーブの
ように美しく、ドイツ人大佐ランダの役のクリストフ・ヴァルツ
の演技がすばらしい。はっきり言ってブラット・ピットがかす
んでいた。この寺島進似のオーストリア出身の俳優は掘り出し
物である。カンヌでは助演男優賞をとったらしい。
 では映画としてどうだったかというと、成功作とは言い難い。
確かに演技はいい。カメラワークもコッポラばりに重厚感があ
って、長回しとミディアム・ショットの会話といいうまくでき
ている。しかし見終わって、オチ無いのは何か。
やはり映画とは、どんな荒唐無稽をやってもウソだったら、
しらけてしまう。シナリオ設計では特にそれが要求される。
むしろ荒唐無稽なほど、SFなどそうだが、事実は事実らしく
詰める。
 この映画の場合ヒットラー以下ナチス幹部が一フランスの
映画館でバスターズによって全滅させられたという最後の
シークウェンスは史実と違いどうしても落ちない。
歴史としてウソでは、どんなに勇敢にバスターズが戦っても
ユダヤの女が復讐しても白けてしまう。
これがどこかわからない戦争での話なら、すばらしいのだろ
うがそれは考え方が違ってしまう。
もしこの話でシナリオをつくるなら、ヒットラーの最後は
実は影武者で別にフランスに逃れていて映画を呑気に観て
いたとか設定を初めにつくってなければ成り立たない。
これは、とっても残念だった。
若い日本人がこれを観て、タランティーノはやっぱすごい
と言って史実を間違って覚えてしまうおそれがあるし、こ
れを正月の3日に観たが隣の中高年の夫婦は正月に観る映画
じゃないなとため息をついていた。
うまくつくった映画といい映画は別である。
映画小僧タランティーノの技術は磨かれたが、作品の主題
を語る目は昼寝をしたままのように感じた。
でも、あんた、だいたいタラちゃんは、B級志向なんだぜ。
そんな主題とか辻褄とか言っていたら、笑われるぜ。
といわれそうだけれどそれは本物のタラちゃんファンじゃない。
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by stgenya | 2010-01-17 12:38 | 映画・ドラマ

秋日和

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新年あけましておめでとうございます。
  荒海へ船出する水夫のように
    心引きしまるのを笑って乗り切りたいものです。
 
「秋日和」S35年製作。脚本野田高悟、監督小津安二郎。
 出演原節子、司葉子、佐分利信、中村伸郎、北竜二。
正月に観る映画が本当になくなった。
いわゆる正月映画、初笑い喜劇なとが正月興行からなく
なって何年経つのだろう。寅さん映画の終了が最後か。
仕方ないので家で「秋日和」を観た。
宝石のような映画だ。若いとき小津映画をフィルムセンター
へ通って全部観たとき、正直晩年のこの作品は主題のくり
返しで退屈だった。それが年とって煮物が好きになるよう
に恋しくなった。この映画は「晩春」の母版だと言えるかも
しれないが、この前年に撮った「お早よう」と同じく無声映画
でやってきたコメディとペーソスの再生だったように思う。
 60年安保の年にこれをつくり、黒澤が「悪い奴ほどよく眠
る」と年跨いで「用心棒」をつくる。
時代に背を向けて娯楽をつくった。
当時の批評家は、小津も黒澤ももう死んだとまで言った。
しかしこの「秋日和」を今回観て、ずっと笑いながら感涙
を禁じ得なかったのは、失われたものへの哀切が貫かれて
いるからだ、とわかった。
小津さんは、よく見ると物語をはじめる前に喪失感をすで
に提出していて、それをどう乗り越えるかをいつも語って
いたのではないか。
父を亡くして母娘で生きてきた未亡人。
母を亡くして継母で育った元気な岡田茉莉子。
子供が大きくなって親の言うことを聞いてくれない父親。
妻を失って痒いところに手が届かない平山。
愛を見失って家を飛び出す娘。
戦争で大事なひとを失い、竹馬の友を病でなくす。
仕方ないけどこの現実を受け入れて生きていくしかない
だろう。と小津さんは微笑んでいるように見える。
ロスト・ライターの小津安二郎。
これを笑いとペーソスで役者の配置やセリフ構成を磨き
あげて宝石のような映画をつくった。
この宝石は、人間が年をとるにつれて輝き出す。
半世紀前の映画だよ。しかも世界中でまだまだ輝いている。
こんな映画を今誰がつくっているのだろうか。
正月は、小津を観る。
これがしばらく習慣になりそうだ。

 
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by stgenya | 2010-01-06 07:05 | 映画・ドラマ

アバター

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「アバター」脚本・監督ジェームズ・キャメロン。主演サム・ワーシントン
 ゾーイ・サルダナ、シガニー・ウィーバー、スティーブン・ラング
「タイタニック」のキャメロンの12年ぶりの新作。
 しかも3DのCGアクターへの果敢な挑戦を試みている。
彼は、常に映画の未来の技術的な開発を目指して大作を
つくっている。言ってみれば理系監督である。
 さてこの新作。観てよかった二点から話すと、まず人間の俳優
ではなくつくられたCG俳優によって演じられる場面が約半分を
占めてその完成度が高く感情が一応入り込めて見ることができ
たこと。いままで「トロン」とかフルCG映画みたいなものは、だい
たい失敗していた。今度のパフォーマンス・キャプチャーという
技術では目の表現が本物に近くなっていたことの成果が出ている。
 もしこれがさらに精度が上がれば、ハンフリー・ボガードやヘップ
バーンが生き返って新しい映画をつくることができる。
極論をすれば「東京物語2」を小津調でキャストはそのままで
つくって新作として公開することが可能になる。
 いままで亡くなってしまった名優同士が共演することもできる。
もしこれが成り立つなら、新しい映画のジャンルができる。
再生映画。このビジネスでは、三船敏郎の版権をどこがもって
いるかとか、D・フェアバンクスのパテントを誰が買い占めたとか
が主なニュースになるかもしれない。
ある意味恐ろしい世界でこれ自体を映画にしても面白いかもしれ
ない。
 さて二番目がアートとしての映画。想像の惑星パンドラでの
風景がある意味宮崎アニメにつながるものでその想像力豊かな
オリジナリティー溢れる自然の姿が圧巻で、アニメではなくその
美しい世界に劇映画として観客を運んでくれる。
言わば美しい展覧会を2時間42分見たような感覚に陥る。
 では、物語は、どうか高度に進んだ資本主義の人間が5光年
離れた衛星パンドラで地下資源を採掘するためにそこに住む
ナヴィと呼ばれる先住民を人間の遠隔サイボーグとしてのナヴィ
=アバターを送り込んでその未開人を壊滅させようと目論む。
 しかし送り込まれた海兵隊員の主人公がナヴィの女と恋に
落ちて・・・というクラシックな話である。
このストーリーの弱いところは、ナヴィの真髄の森の精の描き方
がもっと独創的で話の展開に生かされなかったことだろう。
この星の生物が守り続けているもの。そしてその偉大で崇高な
モノリス的なものがとおり一辺倒で曖昧だった。
くらげのような生き物。大木の精。その力がどういう種類のもの
か詳しく描いていれば、人間の過ちにもっと怒りや憎悪をもち、
ラストへのカタルシスが大きかったと思われる。
 本来的には「地獄の黙示録」や「2001年宇宙への旅」の
未開の地へ足を踏み入れる白人の異文化との葛藤と哲学
的考察が深く練られるべき映画だったと思う。
このテーマは、単に環境破壊とかエコの問題ではなく侵略とは
何か、もっと言うと開発や進歩は何か、生きるとはどういうことか
などの大テーマになっていくものだ。
あえてこの映画「アバター」は、今の政権交代した日本人が
注意して観るべき映画だと思った。
一度失われた複雑なバランスの元で成り立ったユートピアは、
不可避的な根本システムである。割れたガラスは戻らない。
しかし力が世界を、宇宙を成り立たせているのも現実だろう。
とにかくキャメロンは、果敢に挑戦してCGアクター映画をつくった。
でもこつこつと俳優がああだこうだと言ってフィルムに写し取る
原始的な映画も残っていくことは間違いない。
もしこの映画がCGでなく名優のすばらしい演技だったらもっと
二人の恋の物語に感情移入ができたようにも思える。
キャメロンの冒険をかい、三時間近くを退屈させずに走りきった
力量に星三つの軍配をあげよう。
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by stgenya | 2009-12-28 16:21 | 映画・ドラマ

ゼラチンシルバー-LOVE-

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「ゼラチンシルバー-LOVE-」脚本具光然監督操上和美。
製作ファントム・フイルム。出演永瀬正敏、宮沢りえ、役所広司
 何でしょう。できるだけいい映画だけを書いて行こうとして
なかなか出会えない。でも何が駄目だったか、足りなかったか
も書くことをやらないといけないか最近思う。
 これは、この映画の監督であり製作会社の会長で有名なフォト
グラファーの個人的にやりたかった映画なのかなと思った。
港の自宅でタマゴを食べる女の生活を向かいのビルからカメラ
に記録する仕事をしている永瀬。それを依頼した役所。
女(宮沢りえ)は、殺人者だった。全体に会話のないスタティック
な映像でところどころ挿入される東映やくざ映画「網走番外地」
のインサートでこの監督は60才以上の団塊の世代かと思ったら
70に近かった。はじめは「黒い十人の女」のようなものが
やりたかったのかと思ったが、象徴的に出てくる宮沢りえのゆで
タマゴを食べるどアップばかりがくり返されてある結末で終わる。
何だろう。これは30分の短編だったらこれでよかったと思う。
しかし長編映画となるとシナリオが出来ていないとつづかない。
12分30秒という面白いタマゴのゆで方がでてくるのだから
これを生かせなかったか。
この時間は女の狙っている人物の警備の解ける唯一の時間とか。
女の設定も曖昧なまま。そして何より永瀬が女を撮り続ける
ことでどんなLOVEが生まれてくるのか、これを書けないと
シナリオにならない。
そして何よりもエロチックでない。ソバカスだらけの宮沢りえ
の口のアップじゃ申し訳ないけど萌えない。
でまたなるほどという話がないから余計に不完全燃焼になる。
在り来たりのお話はやらないんだと言われるかも知れないが
それだったらもっと高度なシナリオ・演出テクニックがいる。
反ストーリーの洗礼を受けた安保世代の映画かぶれの方は
ここを熟考せず、ゴダール的とごまかしてしまう。
あの時代にあった映画でいえば、アントニオーニの「欲望」
などがこの映画の参考になったと思うがあの名作はよく
練られた反ストーリー映画になっていた。
 新藤さんが誰でも一本は映画が撮れるという言葉がある
が短編から長編へいけるかがその試金石になる。
蓼科で会った短編映画の若い優秀な作り手たちが長編へ
の模索をしていた。
長編映画は、人生のエポック的な断面を切り取るだけで
なく人生の再構築をしなければならない。
ここに力量が問われる。
逆にいうと「ゼラチンー」をつくったプロデューサーたち
はこのシナリオを見て再構築しようと提案しなかったのかと
もったいないと思う。
これだけいい一線の俳優が出ていて格好いい映像を撮って
いてシナリオがよければスマートな快作になったのに。
いま日本にいいプロデューサーがいない証拠になった一作
だった。
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by stgenya | 2009-12-12 10:54 | 映画・ドラマ

「お家へ帰ろう-Blue Moon」上映会のお知らせ


短編映画「お家へ帰ろう-Blue Moon」
の上映を以下のように行います。
         
                     記
日時 12月13日(日)11:30~12:20   
   12月14日(月)19:00~19:50
場所 下北沢駅南口 TOLLYWOODトリウッドにて
内容 「お家へ帰ろう-Blue Moon」
cast 金谷ヒデユキ、千野紫音、島田聡子
同時上映 「西風」もしくは「パチンコ風雲録」etc
料金 800円
      
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       (八百屋の角を左に入ったビルの2階です。)

  ※上映の30分前より開場します。
   お知り合い、子供連れお誘いの上、あるいは駅再開発で
   壊される下北沢=最後の闇市見物のついでにでも
   どうぞ是非お越しください。

    誰でも帰る場所はきっとある。見つけられないだけなんだよ。
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by stgenya | 2009-11-19 04:13 | 映画・ドラマ

剣岳 点の記

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「剣岳 点の記」監督脚本木村大作。脚本菊池淳夫、宮村敏正。
 出演浅野忠信、香川照之、宮崎あおい、仲村トオル他。
 あの名カメラマンが監督した。美術監督の木村威夫が監督
するんだから誰がやってもいい。
でもそれが大ヒットになることは珍しい。
 長年暖めていた本人の企画を深作も森谷司郎もいない今。
自分でやるしかなかったのだろう。
2番館でもお客さんは、結構入っていて十分感動して見ていた。
何が成功したのか。
 それは、真正面から険しい剣岳をきちんと撮ったということ
に尽きると思う。実際何ヶ月もスタッフ俳優部山に登り放しだ
ったという。雪崩にしてもCGを使わない実感が俳優の顔に出て
いた。「八甲田山」といい厳しい自然との葛藤というテーマは
日本人の中に深い記憶としてあるんだと思う。
つまり日本人は困難な自然にただ測量のために挑むという苦行
を乗り越えるお話が好きなんだ。
それを逃げずにしっかりと撮っていたことが成功だった。
 俳優陣もいま邦画のスターばかりが出てもり立てている。
これを木村さんじゃなく制作のフジの監督連がやったら
この同じ俳優陣でも総花的で決して成功しなかったと思う。
それは、配役では香川が必ずしもいいとは言えないし、仲村は
しっくり役に入ってなかった。香川はある意味黒澤映画でいえば
「デルス」役。あんなに地方の山の案内人が聡明な目をしてい
るだろうか。次ぎのセリフも浅野のセリフもみんな知っている
顔だ。測量士の浅野より偉く見えてしまう。演技的に姿勢を低く
して役を見せていたが目がどうも偉そうで学があるように見え
て仕方なかった。やはりこの案内人の宇治長次郎は、聡明より
純粋というテーマで演じなければならなかったのではないか。
いい俳優なので残念である。
 それでも全体に厳しい山での撮影が緻密に撮り重ねられて
見終わって深い感動がある。もし森谷司郎がこれを撮ってい
たら、俳優たちの細かい演技設計のミスは訂正されていたのか
と思うがそれは、いま言ってもしかたない。
現場でいつも厳しい(フランスの監督に殴りかかったり、ジョージ
・ケネディを泣かしたり)撮影監督の木村大作さんは、偉すぎて
何年に一本しか仕事が来ない苦しみからこれで解放される。
自分で撮ればいいということが認知されたから、監督業に
これから入っていくのかなと思うが、いまの邦画界何をやって
もいい。若手がこども映画をやれば爺さんは大人の映画をやれ
ばいい。これもブロックブッキングが壊れたお陰かも知れない。
とにかく気持ちのいい映画になっていて劇場で観るべき映画
らしい映画だった。
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by stgenya | 2009-11-18 06:28 | 映画・ドラマ

ヴィヨンの妻

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「ヴィヨンの妻ー桜桃とタンポポ」脚本田中陽造、監督根岸吉太郎
 製作フジテレビ、パパドゥ他、フイルムメーカーズ。
出演松たか子、浅野忠信、妻夫木聡、広末涼子、堤真一
原作は太宰治。生誕100年企画。
 いま日本映画のエースは根岸吉太郎ではないだろうか。
艶のある映画になっている。そして何よりも松たか子がいい。
又久々の脚本の田中陽造さんの素晴らしい筆に唸らされる。
太宰のいろんな作品から戦後の日本人を男と女の絶対値まで
問い詰めて描いている。単に古い話ではなく現在の日本と
日本人の立ち位置を正確に表している。
 一億玉砕の戦争に負けてアメリカのパンパンになってでも
生きていかなければならなかった日本人。松たか子の佐知が
赤い米国製の口紅を塗って身を賭して夫を助ける姿がそのまま
64年もつづいている。この作品の背景にこの中心点が貫かれ
ている。
 さて、物語の語りは、東北の墓地からはじまり少年太宰の
不吉な未来を案じる。そしていきなり強盗をして逃げる流行
作家と貧乏な妻子のいる家庭へ行き、その驚きの幕開けの
謎解きの被害者の飲み屋の話で浅野演じる作家の自堕落な
生活が語られる。ここで妻佐知は、明るく飲み屋で働かし
てくださいと言い出す。美人の佐知は、忽ち人気者になる。
そこに過去の男が弁護士となって現れ、又常連客岡田(妻夫木)
とが交差する。作家は自堕落なまま他の女と心中未遂する。
佐知は、たんぽぽ一輪の誠実ですっくと正対して夫と向かい
会い、桜桃の甘すっぱさを吹き消すように種を吐き出す。
どうやらこのラストの秀逸な2人が壁に寄り添い、桜桃の
種を吐き出すシーンは、監督が田中陽造に要求して書き足さ
れたものらしい。
 しかしそれにしても松たか子が長編映画主演がこれが
初めてだという。びっくりだ。こんな女優を放っておいた
なんてプロデューサーは何をしていたんだと思う。
生活と愛の本来を体で知っているがゆえに底抜けに明るく
生きている女。自分でどうにもならない艶。そんな作家の
妻を見事に演じている。
 特にクライマックスの留置場での面会のシーンで金網越し
に佐知が夫に「心中されて、ウソつかれて、どこに愛がある
んでしょうか」という決めセリフを言うとき、カメラは
望遠レンズを使って松たか子が迫真の演技しているのを
フォーカスインしてその哀れな妻の表情を際だたせていた。
これは、まさしく映画的な瞬間だった。
ここにくると映画館の中ですすり泣く声が聞こえてきた。
渋谷の昼間で観客が30人だったが満足度は高かったと思う。
やはりこれは、シネカノン劇場ではなく、スバル座かテア
トル系が興業はよかったのではないか宣伝不足を悔やむ。
 俳優陣は、松たか子の代表作足る演技は秀逸であり、
浅野はぎりぎりより上の合格。堤真一は思いの外手堅い。
みんないい。ただひとり駄目な配役がいた。
それは妻夫木だった。好きな俳優だけに書いておく。
 作家太宰の作品に憧れている職工の役で純粋で二枚目で
その作家の妻に恋してしまうという役を「涙そうそう」と
同じ演技をしている。これじゃ駄目だ。
佐知にキスしたのを作家に見られて「僕は間違っていました。
二度と僕は現れません」というセリフの前にシナリオでは
「佐知の受けた衝撃の強さが、(愛するゆえに)岡田の身にし
みる」とト書きがある。何をどう身にしみたのかさっぱり
伝わってこない。演技ってその役をどう生きるかだ。
妻夫木くんには、本当に頑張ってほしい。30過ぎて大きな
壁が立ちはだかって来るだろう。でも乗り越えるしかない。
本当にここが惜しかった。
まあ、今年ベストワンになる作品であることに変わりない。
是非劇場へ足を運んで頂きたい。
 
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by stgenya | 2009-10-28 04:30 | 映画・ドラマ

お家へ帰ろう-Blue Moon-

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「お家へ帰ろう-Blue Moon-」幻野プロダクション製作。
 20分の短編映画。
この夏に撮影したものが小津安二郎記念蓼科映画祭で上映されます。
10月23日から11月1日まで茅野市のちの駅に隣接するBELECという
会場で毎日上映されています。
 また映画祭の授賞式やトークイベントの方は、10月31日と
11月1日です。中井貴恵さんや小栗康平監督が来ます。
 本作は、短編部門で入選して上映されるもので映画の内容は、 
ミュージシャンであり、芸人・声優でもある金谷ヒデユキが
扮する冴えない男が、ふらりと立ち寄る町で孤独なチョーク絵
を道に描いて遊んでいる少女との交流を通して、意外な結末に
向かうハートフルな物語です。そもそもBlue Moonというのが
英語で滅多に起きないことの意味で使われる。
7才の孤独な女の子にとってのBlue Moonとは何なのか・・・
これは、又昔の「松竹蒲田」のコメディー映画のテイストを目指
してつくったものです。
 いま邦画が、ハリウッドを凌いで活気を呈しているが、映画
本来のオリジナリティーを感じさせるものが本当に少ない。
テレビ局と広告代理店が巨額を投じてつくっているのにどうも
胸に落ちるものが少ない。
若手監督もどんどんデビューしている。ただ脚本を大切に練って
いないことがヒット連作が出ない一つの要因ではないかと思う。
こうなると若手映画監督の使い捨てになってしまう。
小品でも作者の個性を生かした映画が成長していくことをただ
ただ望むものです。もう一度低予算でも無声映画の0から出発
すべきではないでしょうか。
東京その他で本作が上映されるときは、ぜひ観て頂ければ
と思います。
 
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by stgenya | 2009-10-17 10:56 | 映画・ドラマ

あの日、欲望の大地で

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「あの日、欲望の大地で」The burning plain
脚本監督ギジェルモ・アリアガ、2929プロダクション他。
出演シャーリーズ・セロン、キム・ベイシンガー、ジョン・コーベット
   ジェニファー・ローレンス(M・マスチエロヤンニ新人賞)
 今やハリウッドの売れっ子脚本家になったアリアガの初
監督作。燃える平原が原題。そのとおり心の隅についた傷
がいつまでも燃え続ける愛と情念の物語。
人はそこから果たして逃げられるか。
ベンダースの「パリテキサス」と同じ愛の荒涼を旅して夫婦
の桎梏を描いているが、あのとき脚本を書いたサム・シェパ
ードの世界を彷彿させた。
ただそれをアリアガは独特のパズル構成ドラマにした。
 レストランの有能なマネージャー・シルビアがはじめに
男遍歴を繰り広げる。それは、性欲のため。
さらに海辺で自分の股に傷をつける自傷行為をする。
ここの美しい彼女をめぐって三人の男の視線が絡むところ
は、秀逸。このコック、店の客、メキシコ人とめぐっていく過程
が過去の母親の不倫と子供時代のその不倫相手の息子と
のはじめての恋と妊娠そしてメキシコで農薬散布を飛行機
でやっていて事故に遇う父を目撃する少女との四つのエピ
ソードがカットバックのように無造作につながっていく。
 ここが巧みに構成されて一瞬混乱しそうだがアリアガマジ
ックで自然に物語の確信へ旅することができる。
普通映画の回想は、カットつなぎに古典的なOLなどのトラ
ンジションや日付や象徴的な小道具が使われる。
ここに監督の個性やこだわりを見ることができる。
「バック・トゥザ・フューチャー」のカレンダー。
「無法松の一生」の車輪の回転のダブラシ。
しかしアリアガは、そんなものを一切使わずカットつなぎで
編集している。するとどういうことが起きるかと言うと
各シークェンスの配置が問題になる。ファーストシーンの
荒野でトレーラーハウスが燃えるところからはじまり、
その火の中で男と交尾してまま死んだ母親の娘の現在
のレストランマネージャー・シルビアの心の荒野へとつな
げてその母の不倫がどうして始まったのか、娘だった
自分はどうやって性を知ったのか、そしてさらに自分が
メキシコで産んだ娘とどうやって心の蹉跌を解いて再会
するのか、と言ったシルヴィアの心の揺れに沿って、
シナリオが構成されている。
 だから混乱なく燃える心の荒野の真相にサスペンス劇
を見ているように導き出されるのだ。
これは、もはや職人芸といえる。
不倫をする母親役のキム・ベイシンガーの中年女の生
な渇望は、リアルで切ない。
しかもその要因もちゃんと用意されている。
ラストの娘が重症の父・別れた夫の元へシルヴィアを
呼ぶシーンには救いがあってほっとする。
人間は、誰もが過ちを犯す。
そしてその過ちをどう心の中で清らかな灰にするために
燃やしていくか。
エンドタイトルが終わっても、あの、娘マリアーナの炎
を前にした絶叫は、脳裏に焼きついて離れなかった。
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by stgenya | 2009-10-02 16:35 | 映画・ドラマ

HACHIー約束の犬

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「HACHIー約束の犬」製作インフェルノ・プロダクション
脚本ステファン・リンゼイ監督ラッセル・ハルストレム。
主演リチャード・ギア、ジョーン・アレン、ケイリー・H・田川
'87年(S62年)の神山征二郎監督の「ハチ公物語」のリメーク。
さすが日本贔屓のリチャード・ギア。「Shall we dance?」に
つづいて比較的正確にリメークしている。
そして秋田犬の子犬から成犬、老犬と三つをきちんと使い分けて
ハチの表情といい、動物をうまく撮影している。
横浜のロードショー館で60人ぐらいしかお客は入ってなかった
が、終わると特に女の人は泣いていた。
 ファーストシーンから日本の秋田から子犬が航空便で運ばれ
て来るとこから始まり、エンディングはハチ公の実際の写真と
渋谷駅の銅像とが出てきて丁寧に実話だと注釈をつけているの
で日本人には、殊の外受け入れやすい。
 実は22年前の神山さんの映画は観ていないのだが、この忠犬
ハチ公の物語は、後半の犬が駅で帰らぬ主人を10年も待ち続
けているというところにポイントがある。家族や友人でも絆
が希薄になりがちな世の中犬は、純粋に信頼や愛を忘れないと
いうのがこの話のテーマで感動的なところだ。
後半のこの部分へは、老犬の演技で物語の力を持ち得て成り立
っていたが、ひとつ腑に落ちないところがあった。
 それは、教授の妻の描き方だ。前半も捨て犬だったハチを
飼うのを嫌がっていたのに受け入れ方がルーズでハチと夫との
関係の中でシナリオがうまくこの妻の部分が書けていない。
だから後半引っ越して娘夫婦のところへハチが引き取られて
ベッドリッチ駅へ行ってしまうハチを娘が逃がしてやって
野良犬化して駅で待ち続けて、ハチが話題なってから会いに
来る。妻は、感動してずっと待っていたのというが貨物車の
下で野宿しているハチを観客は見ているから、そういうんだ
ったら飼ってやれよと突っ込みたくなる。
 つまり妻が夫の死後ハチを飼えなくなるというカセが弱い
のだ。妻の設定が曖昧だったし、翻案するのに難しかったの
だろう。実際の上野教授の奥さんは、どうして自分の手で飼
わなかったのだろうと思い、調べてみると籍が入ってなくて
夫亡き後財産が貰えず、世田谷に他の二匹の犬と暮らして、
ハチは、二年ほど養子の娘夫婦や他のところへ転々と預けら
れて結局富ヶ谷の植木屋の小林菊三郎氏が飼っていて、渋谷
が近く駅に毎日行くようになったらしい。
この妻の複雑な境遇をアメリカへもってくるのは、面倒だっ
たのだろう。これを思い悩まされるのも前半教授と妻の親密
ぶりがハリウッド的に丁寧に描かれたので余計どうして?と
思ってしまうのかもしれない。
 シナリオ構成で物語の運びを司る大きな柱に人物設定があ
る。これがキチっとできないと大きな流れにならない。
黒澤の「七人の侍」では志村喬の勘兵衛の設定でノート一冊
分あったというのは有名だが、この特殊な妻の関係は忠実に
やろうとして難しかったのかな。
どうせなら独身か妻と死に別れてハチを拾うという手もあっ
たかもしれない。
 それから今回のものは、ハチの見た目というカットが随所
にモノクロであった。犬がどのように人間を見ていたか、
小屋のすき間から覗くカットもあった。
また時間経過にCGで同ポジで背景の木の葉が枯れて落ちて
また咲くという演出もあった。静かに淡々と撮影している
良さがあった。
時の移ろいと永遠たれと思うものの対比が犬と人間の心の
通じ合うというところで映像化していた。
まあ、まず犬好きの人、犬を飼ったことのある人は、涙が
どうしても出てくるだろう。
子供連れで行ってもらいたい作品だった。
 
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by stgenya | 2009-08-15 20:30 | 映画・ドラマ