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ランド・オブ・プレンティ

ヴィム・ベンダースの新作。
昨日有楽町で見た。そしてベンダース本人とのトークショーで
いろいろなことを聞いた。なるほどと思った。
 まず総評。やっとベンダースらしい映画に戻ってきたとほっとした。
愛国心の塊となってロサンゼルスの町を自主パトロールする初老の
ベトナム帰りの男・ジョン・ディールがいい。そしてこの男に母の手紙
を渡しにイスラエルからやってきた二十歳の娘役のミッシェル・ウィリアムス
もあどけない中に強い意志をもった感じをよく出していた。d0068430_15461148.jpg
 そしてホームレスの屯するダウンタウンで奉仕活動をするミシェル
・ウィリアムスとBoraxという洗剤の箱を街角で取引していたアラブ人
ハッサンを追跡していたジョンとがこのダウンタウンの路上でその
ハッサンが走ってきた車から撃たれて殺される場面で居合わせた。
 ふたりは、この男の遺体をトロナという砂漠の町にある実兄の家
まで偵察車で運ぶ旅にでる。
 ここからベンダース得意のロードムービーである。そしてそこは
地の果て最貧者の住むトレーナーハウスの集まりだった。
ハッサン・アフメットの兄は死んだ弟の家族の思い出を語り、ただ
単に若者の気まぐれでハッサンは撃たれたという警察情報が入ると
同時に全くハッサンという男はテロリストでもなければなんでもない
ことがわかる。むしろ潰れた洗剤工場の品物を売ってかろうじて貧しい
生活をしていたことがわかった。
 ミッシェルの母(ジョンの妹)からの手紙をけして読もうとしなかった
ジョンがはじめてその手紙を読み、死ぬ最後に和解して娘・姪っ子
を頼むということがわかる。
ここは、「パリ・テキサス」と同じで心を閉ざしていた主人公がはじめて
心を開く瞬間である。
そしてふたりは、ニューヨークのグランドゼロを目指す旅に出発する。
ベンダースは、ミッシェルを想定してこの映画のシナリオを書き16日
で撮り上げたという。すごいローバジェットだったと語った。
彼が語った中で印象に残ったのは、予算が大きければ作家の口挟む
分量が小さくなり何もできなくなる。今回は、全く自由につくることが
できた。といったことだった。ベンダースらしさが戻ったのはここにあった
のだ。それから二人の役者がいい。自然でこころの清らかな瞬間を
表現できるジョンとミッシェルとに敬意を送りたい。
豊かで勝者であるアメリカとその底辺にある貧しい生活者の側面。
そしてやられたらやり返す手法がどれだけ無意味な結果をもたらすか。
それが、この映画で9.11後のベンダースのどうしても創りたかったテーマ
だったということがひしひしと伝わってくる1作である。
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by stgenya | 2005-10-27 11:55 | 映画・ドラマ

ミリオンダラー・ベイビー

今年の米アカデミー賞作品賞を受賞したC.イーストウッド監督作。
後半脳死状態になった愛弟子の自殺幇助するラストが問題になった。
「許されざる者」のときもそうだったが監督としての彼の手腕は、手堅い。
オーソドックスて゜丹念に役者の芝居を見せるしっかりとした演出て゜ある。
 この映画の場合元ボクサーだったモーガン・フリーマンがこの物語の
語り部であり、すぱらしい演技をしている。この設定か゜なければかなり
薄っぺらなものになっていただろう。
 ボクシング映画の常套は、人生の困窮からの脱出である。
主人公が貧しい方がいい。さらに家庭環境か゜複雑で不幸な生い立ちを
抱えていればいる方がなおいい。そして勝つことでその困窮を克服する。
 この映画もその例にもれないつくりになっている。たた゜イーストウッドが
違うのは、アメリカの地方都市に生きる貧しい人々をアメリカの現状として
眺めている点をしっかりと押さえているところだ。
 アイルランド語の名をもつ女ボクサーが勝ち試合でちょっとした油断から
半身不随の植物人間になる。ここで敬虔なキリスト者たるトレーナーは、
殺してくれという33歳のボクサーにて゜きないと答えるが悩んだ末女の逃げた
父親がこどもの頃に足の悪い犬にしたように自らの手で殺すのである。
この点いくつかの疑問がある。彼女が医学が進歩して助かるという望みは
完全に絶たれたのか、このまま植物状態であることに経済的絶望があった
のだろうか、なによりも彼女自体生きる意思を無くした確証のようなものが
この映画のラストから読み取れない。
それか゜なければトレーナーは単なる殺人者になってしまう。
前作もそうだがイーストウッドは、野生で生きるものは本来どうあるべきか
ということを云いたいようだ。人間は、所詮荒野でひとりでも生きていかなけ
ればならないという強い観念それを音楽も自分主演も自分監督も自分という
手法で映画をつくっている。ペシミストの映画である。ここが荒野から遠くなっ
た平成の者には受け入れざる者になっている気がする。
 因みに同じようにペシミストの意思で同じ手法の映画を作っているのが
北野武である。d0068430_1455074.jpg
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by stgenya | 2005-10-14 14:57 | 映画・ドラマ