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マッチポイント

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 ウディ・アレン監督「マッチポイント」
  ウデイ・アレンがアメリカ・ニューヨークを離れて英国ではじめて
撮った映画。いままでの彼のシニカル・コメディーとはごろっと趣き
が変わった。
 「スリーパー」などの喜劇俳優兼監督で出てきて、「アニーホール」で
洒落た都会派監督に変身したウディだったが、軽妙な語り口で男と女
の心のズレをスマートに表現してきた作品群に本人が憧れつづけた
ベルイマンの作風に影響されて「インテリア」など別の路線をつくったが、
単に真似だけで決して成功したとは言いがたかった。
 今回「マッチポイント」では、古典的な出世欲と恋愛というテーマで
トリュフォーのような語り口の映画をつくった。
そして成功している。
 テニスのコートに飛ぶボールから始まり、ネットに当たってどちらに
落ちるか、で勝敗が決まるマッチポイント。このベタなオープニングから
ラストに証拠の指輪が柵に当たって川に落ちなかったという描写も
普通の監督だと陳腐になるところがそうならずに作品全体に格調が
ある。
 これは、新藤兼人やトリュフォー、カザンなどのようにライター
としての才能がある人は、文学作品の古典にしっかりとした足がかり
をもっていて、構成・台詞と演劇的な映画をつくりたがり、その創作の
エッセンスをむしろ純化することに情熱を燃やす。
 そこには、カットのアングルから俳優のちょっとしたしぐさまで磨き
抜かれた無駄のない映画が現れる。
だから話は、単純で劇的なほどいい。
アイルランド出身のテニスプレーヤーのクリス(ジョナサン・R・メイヤーズ
)が富豪の息子トムと知己を得て、その妹と恋愛に落ち、贅沢な生活を
約束された結婚をする。しかしトムの恋人ノラ(スカーレット・ヨハンセン)
に心惹かれて不倫の関係になる。後半この関係に揺れながら、妻に
子供ができたあたりから事態が一変する。
あまい関係だったノラが女優業がうまくいかずトムとの関係もギクシャク
して段々クリスの顔がラスコーリニコフのように変貌してくる。
そして悲劇が・・・・
 このクリス役のジョナサンが自然で人生の罠にはまりそうな顔している。
前半では輝くばかりの妖艶さで後半女の奥深さを演じるヨハンセンがよく、
兄のマシュー・グード、父のブライアン・コックスもしっかりとした造型である。
人生は、計り知れないもの。コインの裏表のように運に左右される。
物語の進化は、運命論に支配された古い時代を通り過ぎ、不条理や反ドラマ
と流れてきて、年取るとウディ・アレンも古典的な物語が見たくなるのか、
ただラストがかつてのように教訓的でなく、ある意味ピカレスクだ。
しかしこの先クリスが人生を全うしても心の中は、不安と不幸に苛まれる
だろう。
 しかし今の世界、毎日どこかで殺人が起き、理不尽に太陽さえまぶしくなく
殺してしまう事件がつづいていると、この物語もあながち古いとは言えず
人は誰も、マッチポイントの運を掴みたいと思う。
この映画は、向こうにいるトリュフォーに是非見せたいものだ。
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by stgenya | 2007-03-30 17:13 | 映画・ドラマ

今宵、フィッツジェラルド劇場で

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 ロバート・アルトマン監督の遺作「今宵、フィッツジェラルド劇場で」
1時間45分。いい酒を嗜んだようにウキウキしながら観た。
もう一度初めから観たいと思った。いつまでもこの劇場にいたいと願った。
音楽が好きな人以外にも人生の回り水を一度でも味わったことがある人
は、この週末劇場でこの映画を気軽に観ることをおすすめする。
 ミネソタ州セントポールに実際にあるフィッツジェラルド劇場で長年つづ
いたラジオ番組の最後の公開生放送が催される一晩の話。
 ファーストカットが探偵兼劇場の保安係のガイ・ノワールが進行役で
ホッパーの絵のような夜のサンドウィッチ店からはじまり、劇場の舞台裏
へ。カントリー&ウエスタンの歌手たちの生態。そして繰り広げられる歌。
 初め四人の兄妹コーラスだったがいろいろ事件があり、ヨランダとロンダ
の姉妹デュオになった家族の物語。メリル・ストリープとリリー・トムリンが
演じて泣かせる。本当にメリル・ストリープというのはすごい女優だ。
そしてその反抗的な娘ローラにリンジー・ローハン。
中西部のピューリタンで楽観的な大人に嫌気がさして自殺の詩なんか
読んでいる少女だが、カウボーイや大御所歌手チャックの死などから
最後は母親たちと一緒に舞台で歌を披露する。
 またカウボーイデュオのダスティ&レフティは、シニカルでユーモラス
なカントリーソングを歌う。これなどアルトマンのジョーク魂そのまま。
この劇場が最後になる張本人、テキサスの企業家アックスマンをトミー
・リー・ジョーンズが演じ、買収して更地にする最後に劇場を見に来た。
そしてこれらの人間関係になぞの白いコートの美女が縦横無尽に現れ
、天使でありながら死神の役をヴァージニア・マドセンが扮している。
 まさに「マッシュ」や「ナッシュビル」で見せたアルトマンお得意の
アンサンブル・ドラマである。それを3台のHDカムでドキュメント風に
撮っている。しかしこの作品で心を打たれたのは、アクが強い人の
中にひとり哲学者のような静かな中心人物がいたことにより、より
人間の、家族の、愛することの深さをひしひしと語りかけてきたことだ。
それがこの映画の原案・脚本のギャリソン・キーラーである。
しかもかれは、この映画の中でも演じているラジオショーの司会を
実際にやっている人なのだ。長身で熊五郎のような風貌だがラジオ
CMを読む声は、しびれる。
ちょうど日本でいうなら「減点パパ」の三波伸介や三國一郎のような
感じである。この性格俳優の存在は、大きい。
まさにアンサンブル・ドラマ形式の古典にして最高傑作のジャン・
ルノワールの「ゲームの規則」に出てくるガストン・モドとルノワール
本人を合わせたような役目をしている。
少し寂しい夜、昔の友といい酒を飲んで、過ぎ去っていく時間を
ただ慈しむように眺める。老人にとって死は悪いことじゃない、だったら
その日まで生を楽しもう。
 最後、白いコートのデンジラスな女は、サンドウィッチ店で姉妹と
探偵と司会のキーラーの前に出てくる。
ラストカット。店の表。夜、彼らのいた席には、誰もいない。
この四人というより、この死神は、アルトマン自身を迎えに来たの
かもしれない。粋でしゃれた、そしてゴキゲンでぞくっとくる映画だ。
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by stgenya | 2007-03-20 17:05 | 映画・ドラマ