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イングマール・ベルイマン死す。

スウェーデンの巨匠、バルト海の小島の自宅で逝去。
伝説的な天才映画監督がまた一人、いなくなった。
89才だった。
「処女の泉」「野いちご」「沈黙」「叫びとささやき」「ファニーとアレキサンドル」
などの一作一作が人間の根源的な欲望と美しさと罪深さと戦後の
神無きあとの世界でどう生きて行けばいいかを探求して来た
映画作家だった。
 世界は、多様性に満ちていた。
フェリーニ、ルノワール、フリッツ・ラング、デビット・リーン、A・ワイダetc
ヨーロッパ映画が各国で巨匠たる映画監督をもち、
アメリカ映画だけでなく世界中でその人たちの新作を
待ち望んでいた時代があった。
ベルイマンは、北欧でそんな映画監督のひとりだった。
冥福を祈る。
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ベルイマン逝去ニュース
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by stgenya | 2007-07-31 05:55 | 映画・ドラマ

ダイ・ハード4.0

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前作から12年。もっともツイてない奴が帰ってきた。
「ダイ・ハード4.0」。脚本マーク・ポンパック、監督レン・ワイズマン
 まずたっぷり楽しめる娯楽作のいい成功例だ。
最近のハリウッド映画のマンネリ化の延長線上に安易に作られる
シリーズものと違ってしっかり作っていて一級品になっている。
 ブルース・ウィルスがじっくりこの脚本を待ってつくったと本人が
云っているようによく書かれたセリフと構成である。
サイバーテロリストVSアメリカ国家。
電力、交通、防衛、金融システム・・・どれもコンピューター化され
ている。ここに有能なハッカーが入り込めば、大混乱になる。 
若いオタクのハッカーと娘の反抗期にぶつかっている冴えない
刑事がサイバーテロを防ぐため、次から次にやってくる危機を
乗り越えながら進んで行く。
道中この若造オタクとヘトヘトになりながらの超アナログ刑事の
ジョン・マクレーン(ブルース・ウイルス)とのやりとりが面白い。
CCRの楽曲をカーステレオでかけるとオタクがダサイと反発し
、いいんだとマクレーンがやり返す。因みにエンディングにもCCR
がかかる。70年代に青春を送った世代への挽歌になっていた。
 この辺の設定とセリフの粋がずっと最後まで貫かれていて
なんだか想い出すものがあった。
ブルース・ウィルスの今までない男臭さとハート゜ボイルド。
そうか、黒澤の「椿三十郎」や「野良犬」に似てるなと思った。
ブルース・ウィルスが三船敏郎のように見えてきた。
そういえば「ラストマン・スタンディング」で「用心棒」のリメイク
を彼はやっていた。その心はクールだということ。
 ストーリーはやがて金融機関や行政のバックアップをとっていた
ハードディスクの施設の乗っ取りに向うのを阻止すべくヘリーで
向い、さらに人質になった娘とオタクとを取り返すべくテロの
首謀者の移動コンテナへと決死の戦いを挑む。
ひとつだけ難を云えば、ラストの捕まったマクレーンの反撃の一撃
がもうひとつアイデアがなかったかなと思った。
つまりヒーローが捕まって半殺しの目に遭い又反撃して最後に
敵を撃退するセオリーからすると最後のジョンの肩に押しつけ
られた銃の代わりに何かいいアイディアがもっとほしかった。
たとえば「椿三十郎」のナイフ投げの練習がラストで仲代のピストル
に勝つように。
 しかしそれでもビルの屋上から落ち、エレベーターの立穴で宙刷
りになり、戦闘機に車でジャンプして突撃してどんな爆発も
何のその。不死身のヒーロー。
どうしてこんなに最悪の事態にばかり遭遇してしまうのか、世界
最悪のツイてない男。でもある意味これだけ普通ならとっくに
死んでいるような爆発に銃撃に生き残ってしまう男って世界一
ツイている男だと云ってもいい。
「パルプ・フィクション」や「シックス・センス」を通過したかつての
肉体派俳優は、このアクションシリーズ映画の新作で見事に成熟
した演技でまったく新しい映画を作った。
練った本を捜していたという彼にとっては俳優としての粘りと運が
あった。どうして12年かかったかといえばクリント・イーストウッド
みたいに自分で監督もできなかったからではないだろうか。
映画の才能には、カントクとハイユウの二つがあり、チャプリンの
ように両方もてる人は少ない。
特に俳優だけの場合自分がどんなにいい歳といい状態に準備
できてても、いいスタッフといい本に参加できないとその才能
はこの世に出て来ない。待つしかないのだ。
勝新太郎のようにもうひとつ後年に代表作ができたかもしれない
のに巡り合わせの妙で不幸にも死んでしまう人もいる。
ブルース・ウィルス52才。財とコネクションは持った。
これから肉体派俳優あがりの名優にまだまだ名作への道の
チャンスは充分にある。そんな楽しみを期待させる娯楽作品だった。
 しかしそれにしても国家の中枢にハッキングする難しさでミッション
・インポシブルもそうだったけど、一本のスパイ映画ができるのに、
日本の自衛隊の最高機密のミサイル防衛のあっけない漏洩事件。
ハニートラップか、エロ写真見たさで勝手にネット上に露呈してしまう
お粗末。感知されないため宙刷りでコンピューターにアクセスする
トム・クルーズや戦闘機に車で突撃するブルース・ウィルスなど
日本に来たら馬鹿らしくて活躍どころか、悲しくなってしまうだろう。
日本の官僚のトップの人たちは、この映画を観るべきだ。
しっかりとね。
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by stgenya | 2007-07-29 05:32 | 映画・ドラマ

ドリームガールズ

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 ドリームワークス製作「ドリームガールズ」。2006年12月米公開。
  トム・アイン原作のブロードウェー・ミュージカル作品の映画化。
監督ビル・コンドン。出演ビヨンセ・ノウルズ、ジェニファー・ハドソン、
ジェイミー・フォックス、エディー・マフィー。
 デトロイトのアマチュア・コンテストからはじまり、中古車販売業で
歌手のジェームズ・アーリーのマネージャーをやっていたカティス・テイラー
が三人組の女性コーラスに目をとめ、スタジオつくりプロモーター
としてのしあがって行く。
 そしてバックコーラスでなく「ドリームメッツ」として売り出し、大
ヒットする。しかしこのとき一番声量のあったエフィー(ジェニファー・ハドソン)
をサブにして、ルックスのいいディーナ(ビヨンセ・ノウルス)をメイン
にする。当然はずれたエフィーは面白くない。カティスとエフィーの
対立が続き、結局エフィーをクビにして新しいメンバーを入れて
ヒット街道を快進撃をする。
 しかしジェーズム(エディー・マフイー)の自殺などでカティスは
下り坂。ディーナたちも反乱を起こし、在野から這い上がって来た
エフィーと一緒にステージで歌う。
 ストーリーは、以上のような業界内幕もの。これは、云わずと知れた
「シュープリームス」をモデルにしたモウタウンレコードの成り立ちを
なぞったエピソードをフィクションとして書き上げたものである。
 ダイアナ・ロスとシュープリームスの明るくて、伸びやかな歌声は
懐かしく耳に残っている。
 ビヨンセもエディ・マフィーもジェニファーも芸達者な人たちが揃って
モウタウンの華やかな舞台を再現していた。
確かにアカデミー賞助演女優賞をとったジェニファーの声には
圧倒される。カメラワークもぐるぐる回り込む繋がった映像で躍動感
を演出していた。
 しかしモデルといわれる「シュープリームス」のヒット曲の数々に胸
ときめかせた身としては、劇曲がそこに繋がらず心が落ちない。
そして何よりもプロモーターのカティスが単なる悪人にしか見えず
もっとモウタウンの創始者としての何か人間味があるはずではない
だろうか。又切られて子連れで苦難の道を歩かざるを得なかった
エフィー役のシェニファー・ハドソンも歌が好きで夢がこぼれ落ちて
行く女の内面の弱さと強さを充分に演じきっていただろうか。
現在のアメリカ映画の痩せおとりが見えてくるような気がした。
音楽と人生を描いた数々の名作のあるアメリカ映画でボブ・フォッシー
が生きていたらと今回観てつくづく思った。
カットのコマ数まで計算して、何度も編集やり直したボブからしたら
まだ甘いカットが多い。音とステージで歌う姿が物語の進行に従って
違っていく筈。
 勧善懲悪のわかり易さがこの業界もののミュージカルには合わない。
葛藤や対立は、夢へ向う姿勢の違いによるもの。そこが一番の
ポイントではないだろうか。
 ただ感心したことは、ビヨンセがだんだん売れて行くに従って
綺麗になって行くことだった。これは、監督と演者との幸せな瞬間
だ。そして全編の歌うシーンの迫力は、それだけでも観た価値は
確かにある。まあ、モデルたちの印象が強烈に記憶に残っている
場合どんなにうまく作っても損をするいい例の映画だった。
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by stgenya | 2007-07-21 05:20 | 映画・ドラマ

13/ザメッティ

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13 TZAMETI。2005年ヴェネチア国際映画祭最優秀新人監督賞他。
 グルジア生まれの30才のゲラ・バブルアニ監督・脚本・製作。
シネマスコープでモノクロ。1時間33分。
映画は、文学や音楽と似ているようで違う。
それは、体験させられること。耳と目で擬似体感すること。
 グルジアから自分で脚本を書き、資金集めをしてやっと
フランスで制作費の目処がたち完成した作品。
ザメッティ=13は、不吉な数字。人生最大の不吉をどうしても
描きたかった。この暮しから抜け出すんだったら何でもいい。
  海辺の古い家の屋根修理をグルジアから移民してきた青年
セバスチャンは請負い、コツコツと働く。家では失業した兄や家族
がいる。カメラは、無駄な動きはせず淡々とその毎日を映し出す。
 そんなある日。修理している家の主人が薬で死ぬ。
痩せたその主人は、いつも何かの手紙がくるのを待っていた。
その女房と尋ねて来た知人は、そのことで何か大金が入ることを
期待していた節がある。又この家を絶えず見張っている車がいる。
主人が亡くなった騒動で風がその手紙をセバスチャンの元へ
運ぶ。パリ行きのチケットとホテルの宿泊券が中に入っている。
その謎のチケットの入った手紙をもって列車に乗るセバスチャン。
そしてついたところは、森の中の怪しい屋敷。手に持った13の札
で服を13の背番号の入ったものに着替えさせられる。
まるで囚人。そこで始まったのは、ピストルによるロシアン・ルーレット。
殺人ゲーム。果たして一番幼かったセバスチャンが生き残ったが・・・
 粒子の粗いモノクロの画面とどいつも癖のある面構え。
最低限のカメラワーク。寄り目の無口で情けない青年。いつの間に
か巻き込まれる恐ろしい世界。まるで闘鶏の中継を見ている感覚。
そしてラストの列車の窓辺にもたれかかるセバスチャンの青春の
終わり。ザラザラとして乾いたタッチの映画だった。
なんでこんな不運を背負い込まなくちゃなんないんだろう。
逃げればよかったのに。他所に行って何でもいいから働けば・・・
なんて考えてもダメ。13なんだから。
崩壊したソ連邦から独立したグルジア。その経済もズタズタ。
移民でやってきたフランスでありつける仕事もわずか。
俺たちは世界の13(ザメッティ)なんだ。
 この映画が成立しているのは、その監督の思いを受け継ぐ
セバスチャン役のギオルギ・バブルアニとこんなすごい顔がある
のかというくらい個性的な俳優たち(もしかして本物のギャング?)
のリアルな演技があるからである。
ハリウッド映画みたいなドンでん返しもハッピーエンドもない。
でもブラピが映画化権を買って、デカプリオでリメークが決まって
いるらしい。
 この映画を観ていて、ポランスキーとかブレッソンとかの色合い
を強く感じた。特に淡々と運命を受け入れて行く主人公の様は
ブレッソン的だ。この単純で救いのない映画が、なぜココロに
宗教的な肌触りで引っかかってしまうのか。
それは、人間の営むこの世界が金で成り立っていることを
目の当たりにされるからではないか。もっと云うなら、食うため
や遊ぶために生きている生物・人間。その世界。
若い監督の初めての作品にしては、するどい世界観だ。
この設定ぐらいで日本だと三池や坂本がやりそうだが、彼らが
一流になれないのは、「13/ザメッティ」のあの清らかな無表情
で窓に佇む主人公のラストを描けないからだ。
確かにそういう意味でも人の悲しみと逃れられない世界を
ひたすらに暴いた一編だった。
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by stgenya | 2007-07-05 05:55 | 映画・ドラマ