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ぐるりのこと

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「ぐるりのこと」脚本・監督橋口亮輔。シグロ制作。
前作から6年ぶりだそうである。若手若手と思っていたら
もう40をすっかり過ぎているらしい。
 瑞々しさから今度は、確かな人間観察眼をもったしたたかな
演出に変わっていて驚いた。
映画の出来がすばらしい。リリー・フランキーと木村多江とい
う変化球のキャスティングも見事にストライクゾーンにハマッ
ている。ここが浅野やトヨエツなどの順当な配役だとここまで
自然な感じは出なかっただろう。
夫婦の心の葛藤を極めてリアルにペーソスと痛みを表現して、
楽しみにしていた子の死をきっかけに鬱病になる妻との危機
を克服していくかなり辛い話を見終わった後にむしろ清々しい
気持ちさえ残してくれる映画になっていた。
 この監督は、脚本が書ける。はじまりの靴修理の夫と出版社
勤めの排卵日をチェックしながらマッサージを受けているカッ
トバックのコミカルな描写でこの夫婦の関係や性格の紹介を
見事に表している手腕とこの映画自体が法廷画家に転身して
90年代の10年余の日本の大きな事件の裁判を全体のストーリ
ーの流れをつくるレール役にして進めていく構成がまたうまく
いっている。
 日本を、世界を描くことはこの90年代をどう見ていくかと
いうことが大きな核になる。特に88~89年の宮崎事件(つい
最近死刑になった)と95年のオウム事件は、単に昭和が平成
に変わったということや20世紀が終わったということだけ
でなくインターネットを始めとして、国家間を分断したテロ
と社会との対立など世界と人間との対峙が大きく変わった
時期で作家は、犯罪から人間の深淵を探ろうとする性質から
60、70年代の貧富の差から時代や人間を見ていく切り口と
明らかに変わっている。
 この各個人の中に増殖した無機質なテロを抱え込んだ現代
人の鬱的な閉塞感をどう乗り切るかという根源的なテーマに
橋口は向かい合っていて、そこで出てきた答えが「寛容」と
いうことだったようにこの映画を観て思った。
終盤翔子(木村多江)の鬱病の苦悶から夫の法廷画家カナオ(
リリー・フランキー)が慰めて自分の内に妻を受け入れる感動
的なシーンで自分の不幸な生い立ちを語る場面があるが、
時代のテーゼがどんなに変わっても「生きる」「生き抜く」
ということで不変なのだ。
それを気づかせてくれる非常に繊細な作品に今回は仕上がっ
ていた。惜しむらくは、翔子が心の回復にあるお寺の天井画
制作に没頭する件が唐突だった。
シナリオ的にはもっと翔子の日本画へ情報が欲しかった。
まあ、でも橋口が今の日本映画界で成瀬巳喜男に一番近い
存在だったという発見は大きかった。
リメイクの「隠し砦の三悪人」や「三丁目の夕日」の監督
たちみたいに映像だけに凝って演出力のない者たちが多い
中で彼の存在は貴重だと言わざるを得ない。
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by stgenya | 2008-06-22 18:59 | 映画・ドラマ

インディー・ジョーズ/クリスタル・スカルの王国

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「インディー・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」
シリーズ第4作目。主演ハリソン・フォード。
脚本ジョージ・ルーカス、デゥッド・コープ。
監督S・スピルバーグ。いよいよ19年ぶりに制作再開された
人気シリーズ。沈滞したアメリカ映画界に再び黄金の宝をも
たらすか。ファンは、待ちに待った新作の登場である。
渋谷東宝シネマの先行ロードショーでは30代、40代のパパが
子どもを連れてやってきているのが目立った。
娯楽映画巨匠二人ルーカスとスピルバーグのタックルだから
大きな外れはなかった。
このシリーズの醍醐味であるハラハラドキドキのアクションは、
ペルーに来てからのジャグルから大滝、そしてマヤの巨大ピラ
ミッドと追いつ追われつの連続が圧巻。
さすが映画小僧の手慣れた腕前だった。
時代は、1957年。米ソ冷戦真っ只中の頃。クリスタル・スカ
ルに秘められた超能力に目をつけたソ連の女司令官がインデ
ィーを探し出して、ペルーの古代遺跡までスカルの秘密を求
めて延々と追ってくる。そこにカレン・アレン扮するマリオン
とその息子シャイア・ラブーフ扮するマットとが同行する。
そしてこのマットが最後でインデイー・ジョーンズの本当の
息子だったということが明かされマリオンとインディーは
目出度く結婚式を挙げるところで終わる。
粋なのが、風に飛ばされてインディーの冒険帽子が式の最中の
息子マットの足もとに転がってくるがラストその帽子をハネム
ーンに出かけるインディーがひょいと奪って被って行ってしま
うのだ。まだまだ息子には渡さないよ。このシリーズと思わせ
る遊び心がかいま見られた。
 ファーストカットからラストカットまでスピルバーグの映画
小僧魂が健在で流麗である。映画を絵でみせる物語つづりと
定義するとむしろ無声映画のカットつなぎに通じる職人技が
随所にみられる。
まず頭、ルーカス・フィルム印、パナマウントマークと来て
その山のマークが荒野の砂山とダブり、その山をモグラが
くずして現れ、その崩れた砂山をジープが踏みつけて米軍に
扮したソ連軍と50年代のロックンロール族の車とのカーチェ
イスになり、核施設でのインディーの脱出劇で第一幕が上が
りクリスタル・スカルを求めてペルーへ飛行機は飛ぶ。
 スピルバーグのエンターテイメント映画づくりの特長は、
重ねるという手法である。なぜ彼の映画は常にスムーズで
停滞がなく、次々に自然に画面が進んでいくか。
それは、この自然な重ねのカットつなぎがあるからである。
ジャックナイフのアップからマットが玩んでいるマットの
フルショットにカメラがひいて、ついでそのままマットの
背後でスカルを持っているジョン・ハートとインディーと
が話しているツーショットへピン送りするまでをワンカット。
そして次のシーンへ。常にワンシーンをできるだけワンカッ
トのように意識させて見ている人の集中をそがない技が練ら
れている。たとえばAがBの手にした玉を見る。切り返しで
玉を持ったBのアップになり、パンダウンして、玉から足元
にカメラが降りていくと、足元の地面が一気に崩れる。
そして落ちていくAとBのロングショットに切り替わる。
ここでは玉が共通する項になって重なって対峙するAとB
のシーンとピラミットの地面が崩れて落ちていくシーンと
をつないでいる。このようにたえずカメラがアクションを
している人物の意識の流れに添って流れてシーンとシーン
を重要なモノや人でダブらせてつないでいく。
観ている者は、息つぐ暇もなくアクションの海へ投げ出さ
れていく。こういう大昔ならフェアバンクスなどの冒険活
劇にあったシリーズものを現代で持ち得ている奇跡的な幸
運がこのアメリカの二人の映画監督にはある。
これは、多少は、スカルをめぐる話の前半と中盤がもたつ
いたり、CIAの二重スパイやジョン・ハートの人物関係のも
っと話に交錯する劇的なシナリオの設定が不完全でも危機
をくぐり抜けるアクションのアイディアと発想がスマート
で面白ければ文句はない。
 65才のハリソン・フォードがよく若い者に負けじと頑張
っているのがもっと無理があるかと思っていたがそんな心配
全くなかった。そしてスピルバーグはマヤ文明のクリスタル
スカルの正体を「E.T」と「未知との遭遇」に重ねていたの
がおかしかった。
 しかしこのシリーズの次ぎがあるとすると息子のマットの
時代になる伏線をしっかりと敷いていたので老いてスピルバ
ーグが市川崑の「犬神家の一族」のように90才過ぎてもや
るのか、すばらしい後継者に譲るのか、わからないがこの
映画の話自体は、to be continued になっている。
まあ、現在の日本含めて世界でS・スピルバーグに敵う娯楽
映画の監督は誰もいない。
映画の醍醐味を本当にわかってつくることのできる監督なん
てそんなにいるもんではない。
ともあれ、何も考えず映画そのものを楽しむには、もってこ
いの映画であることには間違いない冒険活劇である。
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by stgenya | 2008-06-14 20:06 | 映画・ドラマ

山のあなた 徳市の恋

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「山のあなた 徳市の恋」監督石井克人、原作清水宏
出演草薙剛、加瀬亮、マイコ、堤真一、広田亮平、洞口依子
 昭和13年の清水宏監督の「按摩と女」(松竹)のリメイク作品。
フジの大多プロデューサーが次ぎ何すると言った答えに石井監督
がこの戦前の66分の中編をあげて始まった企画だそうだ。
極力オリジナルのカットをそのまま同じように撮っている珍しい
オマージュ映画である。
 この映画を観て何がやりたかったか、あるいはなぜこれをリメ
イクしたかったか、それは、雨の川の中に立つ東京から来た縞の
着物の女の姿を撮りたかった。ふうっと温泉街で知り合い、その
影の部分に惹かれほのかな恋をして、すれ違った出会いと別れの
象徴としてのあの番傘の若い女の瑞々しい姿を撮りたかった。
そのためには、できるだけ手垢のついていない女優が必要だった。
そしてマイコという映画初出演の新人を使った。
たぶんこの配役に関して制作側が何を言っても石井監督は、絶対
に譲れなかったのだろう。
なぜならマイコがこの映画の中心点になってキラキラと輝いてい
るから。はじめに按摩としてマイコ扮するなぞの湯治客三千穂と
接してから、2回目に堤演じる子持ちの旦那との葛藤でゆれてい
るときに徳市が街ですれ違うときのすばらしい映像は、マイコが
急に変に極めて異常な執念とでも言うような不思議な画調で着物
姿を美しく撮っている。ここと雨の川の中の先ほどの番傘のシーン
とは絵のようだ。なんて美しいのだろうと思わざるを得ない。
このためにこそ「徳市の恋」と副題をつけた。
ハーフなのにこのマイコという女優は、和服の似合う希に見る艶
やかしさである。これは大きな発見だった。
 話は、ある温泉街に按摩の二人がたどり着き、湯治客の東京か
ら来た女や子連れの旦那衆などと会う。そんな中でお金が盗まれ
る事件が宿々で起きる。ひとり客の若い女(マイコ)がどうも情況
から怪しいと徳市は思う。そしてなんとかマイコを逃がしてやろ
うと思うようになる。それはもう恋をしたことではないか・・・
峠道勘の鋭い徳市と福市のふたりの按摩が足音で後から来る人数
を当てたり、健脚を競って旧制高校生や女学生と張り合ったりと
遊びのシーンが前半面白く描かれている。
この辺のテイストは、「茶の味」石井克人ごのみでユーモラスだ。
ここも実は戦前の映画にある。「百万両の壷」や「忠治旅日記」
などの戦前の名作には、随分自由で遊びのシーンが結構あって
若々しい。むしろ今の映画の方がそんな遊びや即興のユーモアを
忘れている。石井監督のやりたかったことのひとつにこの自由な
雰囲気があったのではないだろうか。
小品だがバカに出来ない作品である。
惜しむらくは、草薙君が徐々に三千穂に惹かれていくココロの細
かい変化が描けていたらもっとよかったと思う。
それにしてもカバー映画というこの考え方は、面白い。音楽でも
昔のいい曲をカバーで歌ってヒットさせている。映画であっても
いい。そのことで作家の新しい展開が開ければいいのではないだ
ろうか。この方法で岩井俊二に甦ってもらいたい気がした。
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by stgenya | 2008-06-08 19:55 | 映画・ドラマ