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今村昌平「豚と軍艦」


3月28日もと日活のスタッフが集まって今村昌平の
「豚と軍艦」の撮影裏話をする。
もと日活所長で当時美術助手だった土屋伊豆夫さん
と当時録音部だった長橋正直さん、美術の三輪敏雄、
スチールマンの目黒祐司さんらが今村昌平の撮影に
対する徹底したリアリズムと狂気の演出法などを
話してもらった。
 確かににあの豚が街中を走るラストは、映画史に
残る。この「豚と軍艦」でイマヘイが映画作家とし
て世間に周知された初めではないかと思う。
昭和29年に再開した日活には、鈴木清順が松竹から
イマヘイを連れてやってきた。
だからイマヘイは、初めは、大船にいてカチンコの
下位の助監督で「東京物語」についている。
本人が語った所によると、ダビングの際に自分の母
親が亡くなって葬式をして編集スタジオに入った時
劇中で東山のお母さんが脳梗塞で死ぬ場面があって
イマヘイの母親と同じ死に方でラッシュが見ていら
れなくてトイレに逃げて泣いていると小津安二郎が
追いかけて来て、「あれでいいか。おまえの母と同
じか」と聞いてイマヘイがうなずくとニンマリ笑っ
たというエビソードがあるが、この時からイマヘイ
の冷徹なリアリズムの芽が始まったように思う。
奇しくもイタリアでネオリアリスモがその前に世界
に浸透していたことも若き映画作家は心動かされ
たのではないだろうか。
だからイマヘイは、この後だんだんドキュメントスタイル
へ変遷して日活を去ることになる。
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by stgenya | 2009-03-29 23:06 | 人物インタビュー

チェンジリング

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「チェンジリング」脚本:J.マイケル・ストラジンスキー、
監督C・イーストウッド、製作会社Marpso プロ
出演:アンジェリーナ・ジョリー、J・マルコビッチ他
 一級のサスペンス映画が実は実話だった。
まずここが頭にあると電話交換手のクリスが切ない。
クリント・イーストウッドは、1928年の古い時代を再現
しながら、こんなことが起こるのかという子供失踪事
件を静かに自身の作曲のインストルメンタルな音楽で
追っていく。
 彼の映画が近年ことに実力を増してきたのは、作家
としての暖かく、冷徹な目の確かさであると思う。
あるときは、安楽死だったり、あるときは、戦場だった
り、ならず者に家族が殺されたりしたとき、人間は、
どういうこころの静め方をするか、あるいはできるか?
イーストウッドの描く主人公にふりかかる悲劇には、
常に心の荒野がある。
 実はダーティーハりーから一環して、われわれの
家族や共同体の一歩外に出ると神もいない果てし
ない荒野が広がっているということを語りかけている。
一歩間違えば飢え死にするかオオカミの餌食になっ
て肋骨が砂漠の土に埋もれるだけである。
それは、ある意味人間の理性の外にあるもの。
原始的な自然といってもいいかもしれない。
(「マディソン群ー」の主題が原始的な愛の形だった)
この心の荒野を怒りをもって正面から立ち向かわな
ければならない。そしてその悲劇を逃げずに受け入
れること。決して理屈で誤魔化さない。
そんな清々しささえ漂うストレートな姿勢が特徴である。
 物語は、子供が失踪して母親の元に五ヶ月して帰っ
てきたとき別の子供になっていた。
警察は、この子は違うといっても認めてくれない。
ついには、精神病院へ放り込まれる。
しかしリバーサイド郡で発覚した子供連続殺人事件
の子供の供述から母親クリスティンの子供コリンズ
も犠牲者に含まれていたということが判明し、今度は
警察の不正の暴露と異常性欲犯罪者ゴードン・ノース
ゴットへの裁判へ進み事件の全容が明らかになっていく。
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(←実際のヴィネビラ養鶏
場殺人事件の犯人ゴードン)
この巧みなストラジンスキ
ーのシナリオ構成は、三つ
の母親アンジーのセリフで
それぞれ締め括られている。
それは、まず事件発生から
精神病院に閉じ込められる
「クソやろう!」という院
長への暴言(これを言うこ
との意味は映画を観られる
とわかる)。

次が犯人ゴードンが処刑される前日の「地獄へおちろ!」。
そして最後に捕まった子供で逃げ出した一人が五年
後に名乗り出てきて、いっしよに逃げた中にコリンズ
という子供がいたということを知ったときの「希望」とい
う言葉。つまり無法な荒野に落とした者に対して女で
も汚いがはっきりとした天誅の言葉を言うこと。
そしてこれだけ悲惨な話を映画にするのにこのあまり
にも無力な母親を救いの手を差し伸べるための希望
を与えた。現実にはコリンズは、帰って来ない。
今生きていれば90歳になる。
ここにイーストウッドの暖かい眼差しがある。
 またカメラ的には、押しなべてローアングルでカット
を撮っている。これは、意識的だろう。
誰の目線か?それは、いなくなった息子コリンズの目
にちがいない。母親のクリスティンのセリフにも「いつも
息子の存在を私は感じている」というのがあるが、それ
を体感するようにローアングルで撮っていた。
 子供が異常者というケダモノの餌食になるというショ
ッキングな事件をこれほどこころを鎮めさせながら描
いた映画手腕は、見事としか言いようがない。
映画監督クリント・イーストウッドは、ホンモノだ。
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by stgenya | 2009-03-09 11:46 | 映画・ドラマ