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ヴィヨンの妻

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「ヴィヨンの妻ー桜桃とタンポポ」脚本田中陽造、監督根岸吉太郎
 製作フジテレビ、パパドゥ他、フイルムメーカーズ。
出演松たか子、浅野忠信、妻夫木聡、広末涼子、堤真一
原作は太宰治。生誕100年企画。
 いま日本映画のエースは根岸吉太郎ではないだろうか。
艶のある映画になっている。そして何よりも松たか子がいい。
又久々の脚本の田中陽造さんの素晴らしい筆に唸らされる。
太宰のいろんな作品から戦後の日本人を男と女の絶対値まで
問い詰めて描いている。単に古い話ではなく現在の日本と
日本人の立ち位置を正確に表している。
 一億玉砕の戦争に負けてアメリカのパンパンになってでも
生きていかなければならなかった日本人。松たか子の佐知が
赤い米国製の口紅を塗って身を賭して夫を助ける姿がそのまま
64年もつづいている。この作品の背景にこの中心点が貫かれ
ている。
 さて、物語の語りは、東北の墓地からはじまり少年太宰の
不吉な未来を案じる。そしていきなり強盗をして逃げる流行
作家と貧乏な妻子のいる家庭へ行き、その驚きの幕開けの
謎解きの被害者の飲み屋の話で浅野演じる作家の自堕落な
生活が語られる。ここで妻佐知は、明るく飲み屋で働かし
てくださいと言い出す。美人の佐知は、忽ち人気者になる。
そこに過去の男が弁護士となって現れ、又常連客岡田(妻夫木)
とが交差する。作家は自堕落なまま他の女と心中未遂する。
佐知は、たんぽぽ一輪の誠実ですっくと正対して夫と向かい
会い、桜桃の甘すっぱさを吹き消すように種を吐き出す。
どうやらこのラストの秀逸な2人が壁に寄り添い、桜桃の
種を吐き出すシーンは、監督が田中陽造に要求して書き足さ
れたものらしい。
 しかしそれにしても松たか子が長編映画主演がこれが
初めてだという。びっくりだ。こんな女優を放っておいた
なんてプロデューサーは何をしていたんだと思う。
生活と愛の本来を体で知っているがゆえに底抜けに明るく
生きている女。自分でどうにもならない艶。そんな作家の
妻を見事に演じている。
 特にクライマックスの留置場での面会のシーンで金網越し
に佐知が夫に「心中されて、ウソつかれて、どこに愛がある
んでしょうか」という決めセリフを言うとき、カメラは
望遠レンズを使って松たか子が迫真の演技しているのを
フォーカスインしてその哀れな妻の表情を際だたせていた。
これは、まさしく映画的な瞬間だった。
ここにくると映画館の中ですすり泣く声が聞こえてきた。
渋谷の昼間で観客が30人だったが満足度は高かったと思う。
やはりこれは、シネカノン劇場ではなく、スバル座かテア
トル系が興業はよかったのではないか宣伝不足を悔やむ。
 俳優陣は、松たか子の代表作足る演技は秀逸であり、
浅野はぎりぎりより上の合格。堤真一は思いの外手堅い。
みんないい。ただひとり駄目な配役がいた。
それは妻夫木だった。好きな俳優だけに書いておく。
 作家太宰の作品に憧れている職工の役で純粋で二枚目で
その作家の妻に恋してしまうという役を「涙そうそう」と
同じ演技をしている。これじゃ駄目だ。
佐知にキスしたのを作家に見られて「僕は間違っていました。
二度と僕は現れません」というセリフの前にシナリオでは
「佐知の受けた衝撃の強さが、(愛するゆえに)岡田の身にし
みる」とト書きがある。何をどう身にしみたのかさっぱり
伝わってこない。演技ってその役をどう生きるかだ。
妻夫木くんには、本当に頑張ってほしい。30過ぎて大きな
壁が立ちはだかって来るだろう。でも乗り越えるしかない。
本当にここが惜しかった。
まあ、今年ベストワンになる作品であることに変わりない。
是非劇場へ足を運んで頂きたい。
 
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by stgenya | 2009-10-28 04:30 | 映画・ドラマ

お家へ帰ろう-Blue Moon-

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「お家へ帰ろう-Blue Moon-」幻野プロダクション製作。
 20分の短編映画。
この夏に撮影したものが小津安二郎記念蓼科映画祭で上映されます。
10月23日から11月1日まで茅野市のちの駅に隣接するBELECという
会場で毎日上映されています。
 また映画祭の授賞式やトークイベントの方は、10月31日と
11月1日です。中井貴恵さんや小栗康平監督が来ます。
 本作は、短編部門で入選して上映されるもので映画の内容は、 
ミュージシャンであり、芸人・声優でもある金谷ヒデユキが
扮する冴えない男が、ふらりと立ち寄る町で孤独なチョーク絵
を道に描いて遊んでいる少女との交流を通して、意外な結末に
向かうハートフルな物語です。そもそもBlue Moonというのが
英語で滅多に起きないことの意味で使われる。
7才の孤独な女の子にとってのBlue Moonとは何なのか・・・
これは、又昔の「松竹蒲田」のコメディー映画のテイストを目指
してつくったものです。
 いま邦画が、ハリウッドを凌いで活気を呈しているが、映画
本来のオリジナリティーを感じさせるものが本当に少ない。
テレビ局と広告代理店が巨額を投じてつくっているのにどうも
胸に落ちるものが少ない。
若手監督もどんどんデビューしている。ただ脚本を大切に練って
いないことがヒット連作が出ない一つの要因ではないかと思う。
こうなると若手映画監督の使い捨てになってしまう。
小品でも作者の個性を生かした映画が成長していくことをただ
ただ望むものです。もう一度低予算でも無声映画の0から出発
すべきではないでしょうか。
東京その他で本作が上映されるときは、ぜひ観て頂ければ
と思います。
 
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by stgenya | 2009-10-17 10:56 | 映画・ドラマ

あの日、欲望の大地で

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「あの日、欲望の大地で」The burning plain
脚本監督ギジェルモ・アリアガ、2929プロダクション他。
出演シャーリーズ・セロン、キム・ベイシンガー、ジョン・コーベット
   ジェニファー・ローレンス(M・マスチエロヤンニ新人賞)
 今やハリウッドの売れっ子脚本家になったアリアガの初
監督作。燃える平原が原題。そのとおり心の隅についた傷
がいつまでも燃え続ける愛と情念の物語。
人はそこから果たして逃げられるか。
ベンダースの「パリテキサス」と同じ愛の荒涼を旅して夫婦
の桎梏を描いているが、あのとき脚本を書いたサム・シェパ
ードの世界を彷彿させた。
ただそれをアリアガは独特のパズル構成ドラマにした。
 レストランの有能なマネージャー・シルビアがはじめに
男遍歴を繰り広げる。それは、性欲のため。
さらに海辺で自分の股に傷をつける自傷行為をする。
ここの美しい彼女をめぐって三人の男の視線が絡むところ
は、秀逸。このコック、店の客、メキシコ人とめぐっていく過程
が過去の母親の不倫と子供時代のその不倫相手の息子と
のはじめての恋と妊娠そしてメキシコで農薬散布を飛行機
でやっていて事故に遇う父を目撃する少女との四つのエピ
ソードがカットバックのように無造作につながっていく。
 ここが巧みに構成されて一瞬混乱しそうだがアリアガマジ
ックで自然に物語の確信へ旅することができる。
普通映画の回想は、カットつなぎに古典的なOLなどのトラ
ンジションや日付や象徴的な小道具が使われる。
ここに監督の個性やこだわりを見ることができる。
「バック・トゥザ・フューチャー」のカレンダー。
「無法松の一生」の車輪の回転のダブラシ。
しかしアリアガは、そんなものを一切使わずカットつなぎで
編集している。するとどういうことが起きるかと言うと
各シークェンスの配置が問題になる。ファーストシーンの
荒野でトレーラーハウスが燃えるところからはじまり、
その火の中で男と交尾してまま死んだ母親の娘の現在
のレストランマネージャー・シルビアの心の荒野へとつな
げてその母の不倫がどうして始まったのか、娘だった
自分はどうやって性を知ったのか、そしてさらに自分が
メキシコで産んだ娘とどうやって心の蹉跌を解いて再会
するのか、と言ったシルヴィアの心の揺れに沿って、
シナリオが構成されている。
 だから混乱なく燃える心の荒野の真相にサスペンス劇
を見ているように導き出されるのだ。
これは、もはや職人芸といえる。
不倫をする母親役のキム・ベイシンガーの中年女の生
な渇望は、リアルで切ない。
しかもその要因もちゃんと用意されている。
ラストの娘が重症の父・別れた夫の元へシルヴィアを
呼ぶシーンには救いがあってほっとする。
人間は、誰もが過ちを犯す。
そしてその過ちをどう心の中で清らかな灰にするために
燃やしていくか。
エンドタイトルが終わっても、あの、娘マリアーナの炎
を前にした絶叫は、脳裏に焼きついて離れなかった。
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by stgenya | 2009-10-02 16:35 | 映画・ドラマ