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美術監督・中村公彦氏を見舞う。

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美術監督中村公彦さんのお見舞いに月曜日に行く。
もうほとんど会話はできない危険な状態になっている。
94才。日本映画美術界の重鎮の一人だった。
 かつての新宿ムーランルージュの舞台美術から出発して映画美術へ
進まれた方だった。また名監督の名作を担当した珍しい美術監督でもあった。
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 最初に松竹で助手でついた小津安二郎の「麦秋」
 一年で美監となり木下恵介の「女の園」「二十四の瞳」
 そして日活に移って川島雄三の「洲崎パラダイス」「幕末太陽伝」など
 今村昌平の「豚と軍艦」「にっぽん昆虫記」など
 井上梅次の「嵐を呼ぶ男」他。
中村公彦さんは、美術学校を出た人ではなく戦前早稲田大を出て三菱重工で
サラリーマンをしていて戦後偶然の出会いから絵心があるというだけでムー
ランの舞台美術へ入った。
 ちょうど今私は、その軽演劇の芝居小屋「ムーランルージュ新宿座」の
ドキュメントを作ろうとして中村先生の取材をはじめたばかりの時に病床へ
伏せられた。もっと早くお話を伺えばよかったと反省している。
しかも先生の映画界へ入られて関わった作品作家がみんな私の好きなもの
ばかりでそちらも聞きたかった。
 いま家族とかつての美術部の助手である土屋伊豆夫氏、三輪敏雄氏らの
お弟子さんたちに見守られて救世軍ブース病院にいられる。
人の最期は、孤独なものだが師と弟子の姿をみているとすばらしいものだ
と思う。先生は病床でその弟子に「ムーラン」と一言声を発した。
「ムーランの資料は弟子にまかした」という意味だった。
先生にとって「新宿ムーランルージュ」は青春だったのでしょう。
なんとか持ち直して貰いたいものですが・・・
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by stgenya | 2010-06-30 04:47 | 人物インタビュー

イエロー・ハンカチーフ

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「イエローハンカチーフ」2007年アーサー・コーン制作。
脚本エリン・ディグナム監督ウダヤン・ブラサッド原作ピート・ハミル
出演ウィリアム・ハート、マリア・ベロ、クリスチィン・スチュアート
 もちろんこれは山田洋次監督作品「幸福の黄色いハンカチーフ」のリメイク。
まだ始まったばかりの松竹本社の東劇で夕方の回4人の観客で見た。
こんな大きくて立派な劇場で試写よりも少ない客と見たのは初めて。
 で映画は面白くないのかというと違う。良くできていて大人の映画になって
いた。ある意味ウィリアム・ハートは、ナイーブで人生の酸いも甘いも経験し
尽くした弱くて強い男を演じて高倉健とは又違った深い演技をしていた。
 最初の刑務所を出てくるところからあの二枚目俳優がこんな禿げでデブにな
ってしまったのか、少し哀れに思いながら見ていたら段々かっこ良くなってく
る。これはハリウッド俳優の層の厚さ。決して伊達にキャリアを積んでいない。
 ハチ公につづいてのハリウッドのリメークとしてはなかなかうまかった。
そしてこの映画を見ていて日本版と違った味。大人の成熟したラブストーリー
を感じた。どちらかと言えば「マディソン郡の橋」のような荒野にお互い傷を
もった大人の男と女が出会って激しく結ばれるテイスト。
 長い旅をして傷を負い持ち直してまた旅をつづける人は、みんな本来野生の
荒野で生きている。手負いは仕方ないし当たり前だ。お互い認め合っていい
ところを見て共生していくことが人生ではないか。この世に完璧なんてないよ。
そんなメッセージを感得した。人は完璧ではない。
それはマリアとウィリアム・ハートが結ばれるときマリア・ベロがいうミスと
いう単語にそのすべてが表されている。
 ガキのふたりは、それぞれ生い立ちの事情があるが若いときは好き嫌いの
基準が高く表面的になりがち。でもそれをいつまでも夢見ていたら人は生き
られない。どこかで納得して生きなければならない。
そんな大人の実像を見事に描いていた。
 またニューオリンズの荒廃した港町の雰囲気もいまの世相を切り取っていた。
カメラは、車のの中での三人のそれぞれの並走ショットの撮影を人物を浮きだ
させて全体にクリアで安定感のある秀逸な力量を見せていた。
そしてやはりラストのハンカチのショットは、日本版と同じ感動があった。
これは、一枚のハンカチーフではなくあの無数のはためきが長く待っていた
という女の気持ちを絵として表して映画的なのだろう。
それはまた原作のよさでもある。
 それにしても宣伝が下手なのか、こんな動員で大赤字ではないか。
松竹の向かいの歌舞伎座が取り壊されているのを見ても松竹映画の衰退を
痛く感じざるを得なかった。東劇の受付と売店の女の子二人と清掃のおじさん
はどこか昭和の匂いがしてとてもまじめに笑みを忘れず応対していたのに
残念な興行のはじまりでこころが痛んだ。
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by stgenya | 2010-06-29 03:34 | 映画・ドラマ

トロッコ

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「トロッコ」脚本・監督川口浩史。製作ジェイアンドケイエンターテイメント。
 日本映画を台湾で撮った作品。原作芥川龍之介。しかし全編ほぼ台湾語。
出演尾野真千子、原田賢人、大前喬一、ホン・リウ、チャン・ツァン他。
台湾と日本の協力した映画が今年になって続々出て来ている。
なぜかわからないがどれも何か現在の社会が忘れていたものを呼び起こし
てなつかしいココロ落ちにしてくれる。
 もともとホウ・シャオシェンの優れた映画が世界にでてきたのは20年前
だったが、その彼の撒いた種が台湾と日本の青年監督たちに芽生えて来た。
 ストーリーは、台湾人の夫を亡くした日本人の妻は、遺灰を届けるため
に台湾へ子供二人をつれて行く。そしてその台湾の田舎は森林鉄道があり
森で仕事をしている青年と日本名をもった老人に子供たちは会う。
 母親は、男の子をこれからどう育てていかなければならないか悩んでい
た。正直長男は反抗期にさしかかっている。台湾人の祖父ちゃんに亡き父
の持っていたトロッコの写真をみせるとトロッコと一緒に移っているのは
父ではなくその祖父ちゃんの子供時代だった。そのトロッコに乗って幼い
兄弟は、冒険へ出る。母は、心配して町中を探し回る・・・
 そして台湾を離れる日。息子も母も少し心が強くなっていた・・
これは、言ってみれば小津の「東京物語」の原節子の役を尾野真千子が
やっていて未亡人に子供が二人いたと仮定してつくったのではないかと
と見立ててもいいと思う。
 母親が義父に自分のこころのうちを告白するところのクライマックス
はすばらしく母一人で子を育てて生きるということの切実さが胸に迫る。
篠田正浩などの助監督を長くやってきた監督だけあって、演出にねばり
があって瑞々しくいい出来になっている。
 ただやはりあの原節子が義父に「私、ズルいんです。」というセリフ
の普遍性を再度認識してそれを超えるまでの人間洞察になってはいない。
まあ、それだけ小津・依田脚本のすばらしさが際立っているかの現れだが。
 でもこの川口という監督の力がいまの邦画の若手監督たちと一線を
かくしていることは明らか。山のようにつくられる新作で現場経験のな
い若手にただ安いからと脚本監督させている愚かなプロデューサーたち
は是非見てほしい。
映画撮影の現場と才能の発掘は、本来表裏一体の筈だった。
それが売れった原作と名のある俳優とお金と宣伝で駄作をつくりつづけ
て結局その若手監督にとっても不幸なものになってしまう。
「南極料理人」は短編しか撮ったことのない監督に撮らせて最悪のもの
になってしまっていた。それからするとこの川口監督はいいスタートが
切れたのではないだろうか。
 日本人の本来もっていた礼節や正直さ・勤勉を台湾の古い人たちは
今でも信じている。トロッコという前世紀の乗りものに乗って、その忘
れていたものを呼び起こしてくれる夕立ちのような映画だった。

 
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by stgenya | 2010-06-13 05:47 | 映画・ドラマ

アンドレイ・ボルトネフ

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「わが友イワン・ラプシン」(監督A・ゲルマン)などで日本でも
知られたロシアの俳優アンドレイ・ボルトネフが最も愛する日本
女性について愛を語っています。
 心から情熱をこめて語っています。
彼は、1946年にロシア中央部のウファで生まれて舞台や映画で活躍
して特にレンフィルムでいい作品に出演しています。
しかし1995年12月に若くしてモスクワで病死しました。
 かなりの酒飲みだったのが祟ったかもしれません。普通のウォッカ
では我慢できず80度のサマゴンという密造酒が好きでした。
長生きしてハリウッドに渡っていればシブい俳優として刑事ものでも
活躍の場があったかもしれない。
ロバート・デュバルやトミー・リー・ジョーンズのような・・・
そう思うと残念です。
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by stgenya | 2010-06-11 05:18 | 人物インタビュー