<   2010年 09月 ( 3 )   > この月の画像一覧

野末陳平氏、ムーランルージュ新宿座を語る

" target="_blank">
昨日野末さんに九段で会う。
戦前のムーランの演目と歴史を書いた手書きの分厚い資料を預かる。
最初の昭和六年のはじまりから、時代の出来事も書き加えて
丁寧に書かれて和閉じされた二巻からなる1000ページを
超えるものとノート数冊。
とても貴重な資料で早稲田の演劇博物館ではぜひほしいといわれている
もの。
陳平さんは、学生の頃から戦後のムーランに通い詰めて
ムーランの作家たち、特に伊馬春部さんに師事して放送作家になられた。
そしてテレビの草創期のバラエティからドラマまで手がける。
ムーランについてかなりの資料を集めて実際にムーランの俳優たちと
仕事をしながら独自でムーランの研究をしていたという。
巷でいわれている早稲田の卒論で「ムーラン」を書いたというのは
先のことが高じたデマだった。(卒論はインド哲学について)
バラエティーという言葉もムーランから始まったものだった。
陳平さんは、政界も引退して今隠居の身になってもムーランのことを
しゃべるときは、青春がよみがえってくるように目が輝く。
又話を聞きたいと思った。
[PR]
by stgenya | 2010-09-30 10:31 | 人物インタビュー

香椎くに子さん2年前に亡くなる


d0068430_3563019.jpg

香椎くに子さんの家に行く。
息子さんが親切に応対してくれた。
香椎さんは2年前に亡くなっていた。
ご主人のプロデューサーでやはりムーランの作家だった
植野晃弘さんも5年前に亡くなっていて
ムーラン時代は、香椎くに子さんは清純派で看板女優に
のぼりつめる。
のちにテレビ初期の「名犬ラッシー」や「宇宙家族ロビンソン」
などの母親の声とかアニメの「ラスカル」の母役の声優として
活躍する。
d0068430_10402871.jpg

またご主人の植野晃弘さんは、テレ朝のはじまりから参加し
淀川さんの「日曜洋画劇場」や「土曜ワイド劇場」のテレフューチャー
を立ち上げる。
これらは、今でも生きている。どれだけ先見の明があったか。
d0068430_495585.jpg
(ラジオ「青空娘」左から2番目植野氏)












父は千葉工大の理系で母は、芸能人に珍しくまじめ一方だったという。
しかし息子さんは、両親のことを語ると嬉しそうに懐かしむ。
いい両親が仲良く、愛情たっぷりに育てるとその息子さんは
こんなにいい子供に育つのかと理想的な見本のような人だった。
[PR]
by stgenya | 2010-09-28 04:00 | 人物インタビュー

谷啓、死す

d0068430_521272.jpg


谷啓が自宅階段から転落死。
昭和の日本を元気づけたエンターテナーが又いなくなった。
エノケン・ロッパからムーランルージュ。
そして日劇クレイジー・キャッツ。
ここまでが笑いの殿堂。
このあとのコント55、ビートたけしさんまタモリは、
才能は認めるがまだ生臭い。
谷啓と桜井せんりが好きだった。
エンターテナーとしての才能は、コミックバンドを超えていたし
これらの人たちが優秀なコメディー映画を残していることが重要。
クレイジーの映画は、今でも新鮮だが、コント55やドリフの映画
は荒すぎてひどい。
映画にテレビに歌に全開の芸人はなかなかいない。
谷啓の冥福を祈る。
[PR]
by stgenya | 2010-09-14 05:39 | 出来事