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川井みどりさんが語る三崎千恵子


笹谷みどりさん。女優としては川井みどりとして寅さん映画の常連。
三崎千恵子さんはムーラン解散後に大道具や結髪に大きな借金が残った。
昭和26年から7年間、それを逃げずに払いつづけた。
それも返すお金が少なかったのでぞうきんや帚をもって
掃除させてくださいと三崎さんは押し掛けた。
しかし
断られていくうちに中に入れさせてもらって手伝いをするまでになる。
この発想は、三崎さんしか出来ないもの。
地足のしっかりとしたひとの元は、ここにあったのかと感心した。
また
みどりさんは、山田組の裏話もしてくれた。
「男はつらいよ」の撮影中、撮影が進展しないとき
山田洋次が監督部屋にこもって台本を何回も何回も読むらしい。
それもそれぞれの役を自分で声色をつかって音読する。
側で聴いていたみどりさんからすると、その音読の芝居がすばらしく
午前中の現場で俳優が注意されたのがなぜかそれを聞いていて
わかったと言う。
自分の書いたホンを一日中でも何回も何回も読む。
現場で俳優やスタッフにきびしいが自分にもきびしい。
それが山田洋次監督のスタンスらしい。
それにしてもみどりさんの祖父が富岡マサシという無声映画時代
の俳優で溝口健二が日活向島へ入るきっかけをつくったと言う。
俳優になろうと溝口を誘った。富岡さんは女形だった。
衣笠貞之助がそうだったように。
ただ溝口は、足が悪て俳優からすぐにスタッフの方へ転向して
監督になった。富岡さんが誘わなかったら、溝口健二はなかった。
新藤兼人が「ある映画監督の生涯」の時インタビューに来たが
編集で割愛され、本の方にその話が載っている。
しかし撮影所というのは、不思議なところである。
川井みどりさんのようにフリーでちょい役とはいえ、
たえず出入りしていて後半の寅さん映画に何らかの役で出てる。
撮影所にはこういう不思議な存在の人がときどきいる。
こういう話を聞くとあの、大船撮影所をなぜ潰したのか
慚愧にたえなくなる。
昭和は遠くなるように、映画撮影所も遠くなる思いがする。
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by stgenya | 2012-03-21 04:45 | 人物インタビュー

ヒューゴの不思議な発明

'HUGO'ヒューゴの不思議な発明
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 原作B・セルジュニック脚本ジョン・ローガン監督マーティン・スコセッシ
出演エイサ・バターフィールド、クロエ・C・モレッツ、ベン・キングズレー
製作GKフィルムズ、インフイニタム・ニヒル。出資にジョニー・デップ
 1930年のパリ。リヨン駅から始る映画と父と子のつながりの物語。
スコセッシがはじめて3Dに試みた映画愛に満ちた正攻法のドラマになっている。
ターミナル駅という巨大な人間の現実世界の裏側でせっせと時計の
調整を一人でやっている孤児ヒューゴの心の支えは、亡き父の残した
機械人形を完成させること。これが物語の柱になっている。
そしてヒューゴの屋根裏部屋の散歩者のように覗き見る駅で働く人たち
の生態素描が設定として面白い。しかしこの駅の表舞台に姿を表す時は、
泥棒小僧。毎日のパンを盗み、店の商品も失敬する。そんな表との接触で
おもちゃ売店のおじさんと少女イザベルに遭遇する。
そしてここから父の残した機械人形のノートとおもちゃ店のおじさんとの
やり取りから映画初期に活躍したジョルジュ・メリエスがその売店の
おじさんだったという帰結に向かう。
 高校生の時に読んだ岩波新書の「映画藝術」などに書かれていたメリエス
や最初のリュミエール兄弟の「列車の到着」や「工場の入口」などが
出て来てとても懐かしかった。
その映画史とその時代に世界ではじめてSFXを考案した映画人・メリエス。
そしてそんなメリエスが没落して晩年は、リヨン駅の売店で働いたなんて
驚きだった。スコセッシがメリエスへの敬意をささげる姿勢に関心。
その映画狂たるスコセッシの作戦は、ファーストシーンから組まれている。
ヒューゴが時計部屋から覗く駅の活写は、無声映画になっている。
つまり売店のおじさんとイザベルの会話の声は、当然聞こえない。そして
次に鉄道保安官とヒューゴの追っかけは、無声映画の定番。しかも
これは、私見だがこの背の高い保安官サシャ・バロン・コーエンの姿
が戦前のルノワールなどのフランス映画の常連のガストン・モドに似せ
ているように思った。懐かしい愛すべき怪優ー。(偶々かもしれないが)
 ただ3Dは、心理描写に向かないといわれるがここでも孤児の淋しさ
や売店主のおじさんパパジョルジュの苦渋などの表現では、気がちって
脚本構成の組方のズレと相まって少し難しい気がした。
つまり映画研究者がラストに出て来てヒューゴの心の拠り所だった
機械人形の秘密がメリエスの愉快な短編作品群に結びつけてくれるが
ここの部分にヒューゴの父親がそのメリエスの「月世界旅行」に
どれだけの愛情や情熱があったかを語られていれば、ヒューゴの目で
はじまるこの物語の感動がもっと深まったと思ってもったいない。
それからCGの欠点がこの映画でも現れた。群衆カットにそれが顕著。
列車に轢かれそうになって助かるシーンや駅構内で保安官にヒューゴ
が捕まるカットでも周りの群衆の反応が切迫感がないのだ。
大俯瞰から降りて来るカットや長い長回しでもCGだと緊張感が抜けて
いる。それはブリットのカーチェイスと同じ現象だと言える。
しかしそれにしてもちょうどこのころ日本では、目玉の松ちゃんや中山呑海、
伊藤大輔などが京都大将軍で活躍していた。
にっぽん版ヒューゴがあってもおかしくない。
映画への愛、先人への敬意がなさ過ぎるのがいまの平成にっぽんの
情況である。
まあ、シネコンで満員御礼は、スコセッシ教授にはまずは良かった。
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by stgenya | 2012-03-12 06:19 | 映画・ドラマ