映画評論家がいなくなった

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とある有名なヒット作のプロデューサーと話していて、マスコミ試写に来ない
映画ライターがいっぱいいて、DVDを送る習慣がいつのまにか出来て、
そのDVDも返さない。
もうDVDを送るのやめようと思っているとこぼされた。
だいたい映画ライターなんて言葉は、いつごろから出来たのだろう。
映画評論家と昔はいって、著作もあって言う事に重みがあった。
松田政男や佐藤じゅうしんみたいに喧嘩してまで論をはる人もいた。
それが今テレビ雑誌の芸能コーナーで映画を紹介する人を映画ライターと
言う。
評論家は、詳しい映画の知識がいるが、それほどなくてもできるということか。
DVDで映画を見る。
キネ旬や新聞の映画欄の映画記事を書いているライターも
そういうことが多くなった。配給宣伝から断れないとそれですます。
 試写室が仕事場だと言った古い批評家もいた。
忙しいからそれも仕方ないのかもしれないが、映画は、
やはり映写して見てもらいたい気がする。
途中で電話がかかる、家人や宅配の声が聞こえる。
そんな環境で出来立ての映画を批評する。
それを読んで映画館に足を運ぶ一般の人は、
映画館でみんなと見ている。
キネ旬のベストテンだって、100本以上の映画が対象になるのに
投票している映画評論家は、それぞれが2,30本しか見ていない。
全部見ている人が何人いるのだろう。
それで順位を決めるのって統計学的にもおかしいね。
この二十年、日本映画がよくなっているのだろうか。
どんな小さな作品も昔のキネ旬の村井さんみたいに足を
運んで評価する人がいた。
いろんな映画やシナリオのコンクールがあるけど、
突出したライターや監督が出てこない。
芥川賞などもそうだけど、それって選ぶ方にも責任があると思う。
あるいは、選んだ作品や作家がその後活躍せず、
何年もそういう状態がつづく。
それは、選ぶ評論家の能力も問われることにならないのだろうか。
コンクールで意見が白熱して、審査員が降りるという
真剣さがかつてあった。
評論って、それでめしを食うわけだからそんな真剣勝負が
もっとあってほしいと思う。
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# by stgenya | 2015-06-23 05:09 | 映画・ドラマ

スクリプター堀北昌子さん

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昭和5年5月5日に京都生まれ。日本映画の重要な作品に携わったスクリプター。
今日インタビューを収録する。
昭和25年に大映京都に入社。森一生監督に気に入られ、一年もしないで
一本立ち。
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その森監督に連れられて新しく出来た日活撮影所に遊びに行った
のが日活へ移籍するきっかけになった。
先に移籍していた録音の橋本文雄さんたちの旧知もあったという。
 そして井上梅次監督の「緑はるかに」で初めてのカラー映画につき、
「絶唱」の滝沢英輔や「泥だらけの純情」の中平康監督のもの中心に
日活の全盛期を歩く。そしていよいよ71年の「濡れたハイウェイ」で
ロマンポルノにつくが、にっかつの路線変更についていけず
三船プロでテレビドラマと映画(「犬笛」「海燕ジョーの奇跡」)に携わる。
そして細越プロデューサーの紹介で伊丹十三の「お葬式」につき、
「ミンボーの女」までヒット作に6本連続で記録として付き合う。
伊丹さんが現場でモニターに拘って画づくりしたのは、日本映画では
はじめのことだった。
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また伊丹さんが作品に入る前に父・伊丹万作の映画を見直していた
そうだったという。
現場は、楽しく、ヒットすれば各スタッフにボーナスを現金で出した。
長い映画人生でそんなこともはじめてだった。
現在85才。お元気な堀北昌子さん。
京都で育ち、現代劇に憧れて東京の日活で活躍され、フリーになって
伊丹映画の重要なパートナーになった。
伊丹さんも京都育ち、日本映画史の血を受け継いで映画を造った。
ふと思った。京都と映画魂というキーワードが最初と晩年に
つながっていますね。と言うと、そんなこと思ってもなかった、
と目を丸くされた。
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# by stgenya | 2015-04-27 02:34 | 人物インタビュー

道しるべ予告編



人の生き方も考え方も十人十色。
丁か半か・・・
見えない道しるべを選んで進む道。
どっちに行っても
恨みっこなし。
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# by stgenya | 2015-04-16 03:33 | 映画・ドラマ

大瀧詠一forever


大瀧詠一が亡くなって一年以上が経って
このところ毎日彼の過去の業績を聞いている。
音楽のみならず、映画、スポーツ、コケに至るまで
凝って理論化し追求する真面目な姿と
はっぴいえんどの旧メンバーや山下達郎や坂崎幸之助など
と語るザックバランな自由人の福生のご隠居としての姿
など浮かんで来て、とても不思議な人だったと思うと
同時に大切な人を亡くしてしまったんだなと胸さける。
大瀧さんには、是非喜劇映画の音楽をやって頂きたかった。
それが残念でならない。
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# by stgenya | 2015-03-14 01:30 | 映画・ドラマ

新作映画「道しるべ」

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映画「道しるべ」が完成し、6月角川シネマにて公開が決まりました。
 振り込め詐欺に遭う園まりさん扮する老婦人と詐欺の手先の
ミフネ・トシロー役の仁科貴さんと園さんの恋人・浜畑賢吉さんに
たまたま同じ名前・ミフネトシローだった金谷ヒデユキさんが
じぐざぐに絡み合う喜劇映画。
 五年前に企画が出た時は、オレオレ詐欺だった。
それが今では、特殊詐欺とまで形態がころころ変わっているが、
詐欺の中身は、同じ。
そしてその被害がますます増大している。
これは、映画にしないとたいへんだと脚本書きが始まったのが
ちょうど一年前。
やっと映画にたどりついて、ベストなキャスティングを得て
発表できるまでになった。
映画の企画は、自然と実になる。
大事なことは、その映画を信じること。
その一言に尽きます。
誰が何と言おうと、一週間寝て
その映画の夢が覚めず、ますます膨らむ場合
自分を信じること。
つくづくそう思います。
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# by stgenya | 2015-01-22 10:48 | 映画・ドラマ

そこのみにて光輝く

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「そこのみにて光輝く」脚本高田亮、監督呉美保、制作ウィルコ、配給東京テアトル
 出演綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉、高橋和也、火野正平他。原作佐藤泰志。
 公開6週目の新宿テアトル。半分の入り。
なかなかつややかで哀しく美しい映画だった。
何より池脇千鶴がいい。彼女のキャリアからこれだけ女を演じたものは、
見たことが無い。女優が自分の中の何かとピーンと触れ合った時に本能的に
体現する僥倖の瞬間を見せてもらったように感じた。
太地喜和子などとイメージが重なる。そして綾野剛もいい。「シャニダール
の花」の時もそうだったが、あの、前髪で隠れた細いナイフのような目は、
今回も有効な演技道具となっていた。
 そしてこの映画を観ていて、柳町光男の「さらば愛しき大地」を思い出
していた。あの、色褪せない、日本映画の珠玉のセックスシーンの
秋吉久美子の妖しさを思い浮かべた。池脇千鶴のちょっと太めの肉体から
発する切羽詰まった輝きが挿入の時の喘ぐため息に後光のように
反映していた。
この女流監督のこの原作を映画化するに当たって、肉体的感性を主軸に
置いたことは、この映画の完成度に貢献し、成功したと思う。
それは、この映画の中で映画的なつなぎだなあと思った箇所があり、
そこに肉体主軸の策略が見えた。どこかというと主人公達夫と千夏が
初めて結ばれるシーン。ふたりがキスをして絡み出したシーンの次で
男の尻丸見えでセックスが始まっている。千夏は、喘ぎながらも
「もういいでしょ」と逃げるシークゥンス。
ええ?と思うと、それは、達夫とのセックスではなく、愛人の中島
とのセックスに入れ替わっている。つなぎとしては、映画「卒業」で
ミセスロビンソンとのセックスシーンがいつの間にかプールの
浮きボードに乗るシーンと入れ替わったとの編集的には、
同じなのだが、ここで愛を感じた達夫とのセックスの次に
愛を感じていない中島とのセックスへ移行して、
初めて中島を拒絶する。
好きな男ができたら、女は、別の男を本気で受け入れられない
というメッセージであるように編集している。これは、
女流監督の力だと思う。
シナリオでは、達夫とも中島ともキスするという行為でしか書
かれていない。そこをセックスシーンに撮影では入れ替えている。
監督の力量をここに感じる。
 それからこの不遇な作家佐藤泰志の作品の映画化が、デフレの
失われた20年の若者の群像の現代にぴったりハマっている。
限られた職しかなく、その牌のために身を切り刻んでいる今の
若者の姿が見事に表している。
 まるで行き場がなく、泥沼の底で魚が交尾している姿にこの
二人の男女が丸写しで久々に骨太で秀逸な映画だと思った。
中上健次の原作映画化と通じるものがある。路地と泥沼。
「千年の愉楽」もこのキャストでやれば、違ったかなと余計な
ことをつい思ってしまう。
6週でこれだけ入っていれば、ロングランだ。
いや、それにしても池脇は、徒者ではないよ。


 
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# by stgenya | 2014-06-02 01:57 | 映画・ドラマ

新作への最初の道標

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今日新しい映画のキャストが決まり、顔合わせがあった。
企画自体は、四年前からあったものをこの三月にやっと脚本化できた。
映画は、基本的にエンターテイメントであると思っている。
映画が、映画館の中のお客と密接につながっていないと
それは、理論のための映画である。
私は、それを否定はしないが自分のつくるものは、少なくとも
映画創始期の「見せ物」的な要素を加味したい。
 今回の映画は、コメディである。
低予算で映画をつくるために必要な第一条件は、本。
シナリオが面白くないとどんなに頑張っても息切れしてしまう。
構成もセリフもそしてテーマも今の日本を反映して練られたもので
ある必要がある。
そこは、苦しんだ分一定の水準になったと思っている。
そして今回は、幸運なキャスティングができた。
多分大きな予算をかけてもこれだけのキャストは、変わらない。
園さんのお婆ちゃん役と浜畑さんの恋人役。
金谷・仁科両氏のダブル主役。
コマーシャルとテレビ局や広告代理店のからんだ映画づくりは
もう行き詰まっている。
映画を作品を愛している人たちがやっていると時々思えないものが
大量に流れてくる。
自分たちが本当につくりたいものを観てみたい役者さんと
ちゃんと作ることがそれらに風穴を開ける道だと思う。
夏の撮影に向けて、このキャストの方たちとスクラムくみたい。
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# by stgenya | 2014-05-25 03:30 | 映画・ドラマ

大雪

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東京に大雪が降った。
二月の雪。
雪かきをやっていて腰を痛めて
せっかくの休日も安静にすることに。
いろいろと書くことがあったが
少しつづ書こうと思う。
さてさて最近の日本映画を見ていて思うこと。
最近と言ってもここ20年か15年。
デフレの時代。
すごいというものがなく、
いわゆる各種ベストテンに入るものについて?である。
特に若い監督のものがそうである。
昔と違って、ぴあFFなどでグランプリをとって
すぐに商業映画を撮れる。
そしていわゆる広告代理店とテレビ局が組んでつくる映画に
その例が多い。
沖田監督、山下敦弘、石井裕也など・・・
この人たちの才能は、かっている。
特に山下氏は、高い。
しかしかつて黒沢清は、デレカンで助監督修行した。
映画の能力は、現場から培われる。
それがないのが新人監督たちにとって不幸だと思う。
シナリオが練れてない。
演出が曖昧。
俳優が勝手に演技してる。
これらをどう自分と作品との範囲に入れてゆくか
誰かが教えてやるか、仕向けてやらなくちゃ
伸びない。
惜しいと思う。
たとえば「舟を編む」では、シナリオがもっと面白くなるはず。
「鍵泥棒のメソッド」では、女優の演技を確立できなかった。
惜しい。天才は別として才能は、育てる必要がある。
今邦画は、その制作数だけが低予算が可能で増えている。
なのに記憶に残るものが少ない。
それは、やはりシナリオができてないからが一番。
シナリオを軽視しすぎることを避けよう。
ライターがもっと評価され、それを読み評価する評論家がいない。
御用映画ライターばかりでは、映画界はますます不幸である。
どこからこうなってしまったか・・・
やはり失われた20年。デフレは、映画界にも影響しているのだろうか。
新人監督よ。シナリオをもっと自覚しよう。演出をもっと深めよ。
それを批評する眼をもとう。
才能は、伸びることを信じてほしい。
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# by stgenya | 2014-02-12 04:10 | 出来事

純情の都

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「純情の都」(1933年PCL)
原作島村龍三、脚本松崎啓次、監督木村荘十二、
出演竹久千恵子、千葉早智子、堤真佐子、大川平八郎、
徳川夢声、古川緑波、藤原釜足、岸井明、丸山定夫・・
 まずこの映画が80年前のトーキー初期の映画である。
しかしこの映画のファーストシーンからスタイリッシュで極めて
無駄がなく、都市生活者の青春群像といい、今見ても
斬新でポップであり、疾風のごとく男と女と若さと未熟さとを
ものすごい速さで駆け抜けて描いている。
 いま観ても切実でかっこよく粋で少しも古びていない。
この映画が現在残っていて観られることに感謝したい。
いかに映画の初期の人たちの志が高かったか、敬服する。
話が悲劇的にあっという間に終わることに違和感を感じる
ひとがあるかもしれないけど1970年代のアメリカンニュー
シネマを見ればみんな悲劇的なラストになっている。
それは、時代のペシミシズムと思えば映画としての質に
影響を与えない。
 話は、和風美人の千葉早智子とモガで男言葉を話す美女
竹久千恵子のルームシェアの現代的な生活に職場の上司
や同僚の男の言い寄りが波風をたてて、藤原釜足や堤など
の遊び仲間と新店舗でのショーの成功と並行していたずらな
すれ違いから千葉が貞操を奪われるという青春の無軌道と
現実を描いている。
千葉は、上司の徳川夢声にいう。
「あたしたち、同性愛じゃないのよ」
 これは、言ってみれば永遠のテーマでもあり、今でも何回
となく繰りかえし描かれる青春映画の王道でもある。
「勝手にしやがれ」「突然炎のごとく」「ファイブ・イージー・
ピーセス」「八月の濡れた砂」「セックス&シテイ」など・・
 そして驚くのが当時のフランス映画影響を受けてか、都会
の夜明けから夜更けまでの帝都の東京の描写がどこまでも
洋風でビルにマンションに紅茶にパンの朝食、若い登場人物
は、みんなモガモボ。かっこいい。
まるでルノワールやルネクレールの映画を見ているようで
今これだけ日本でスタイリッシュな東京を撮れる監督もカメラ
マンも想像つかない。
 それからこの島村龍三の原作は、「恋愛都市東京」といい
新宿ムーランルージュで同じ竹久千恵子で舞台化されたもの
だった。明治製菓店でのレビューダンスもムーランそのもので
ムーランのテイストが色濃く記録されて貴重である。
そのうえこれで映画デビューする竹久、颯爽とした徳川夢声
やロッパを見ることができる重要な作品でもある。
映画をめざす若い人は、必見の一本といえよう。
それにしてもこの映画をFCで原作者でムーラン初代文芸部長
だった島村龍三の娘さんとそのお孫さんたちと観た。
いや、今観ても新しいですね。というと娘さんは、80年前の父親
のキラキラした青春を感じ、25年前に亡くなった父への再会と
感動を胸に涙ぐまれていた。
作家は、小説であれ、映画であれ、永遠に情熱の爪痕を世に残す。
映画は、美も俗も切り取って100,200年と後世の人にみせてくれる。
「純情の都」をシネスウイッチ銀座当たりで「突然炎のごとく」と二本立て
でロードショーしてくれないものか。
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# by stgenya | 2013-11-25 16:20 | 映画・ドラマ

ヤントンが死んだ。

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喪中ハガキが来て、同級生が今年の5月18日に死んだとの報。
小、中学校時代の幼馴染みの通称ヤントン。
今年の春、電話で話をして元気で今度帰郷したら
会おうと言って別れた。
 まだ五十代。心筋梗塞で命を落とした。
なんとも言えない気持ちが立ち上がって消えない。
小学生のときの濃い仲間だった。
10才のぼくたちは、毎日家出を計画し実際に実行した。
みんなで川を下って、海に行けばどこかの島で
楽しく暮らせるのではないかと夢想した。
・・・・・・・
その時代の冒険と想い出を昔シナリオにした。
「ばってんモザイク」(ATG脚本賞特別奨励賞)
内容の半分は、ヤントンのことを書いた。
フィクションだからかなり誇張して
少年たちが戦争中池に沈んだB29を飛ばすという
ドラマをつくった。
ヤントンは、風のように転校してきて
風のように親につれられ夜逃げした。
実際は、夜逃げせず野球少年になって
甲子園をめざしてかなりいいところまで行った。
父親を幼くして亡くして育ったが早く結婚をし
家族をもち、立派な家を建てた。
・・・・・・・・
あの子どもの頃一緒に雨の日も雪の日も
山に入って基地をつくった時の甘い葉っぱの屋根から
落ちるしずくの匂いを忘れない。
なぜあんなに親や学校から逃れたかったのか
山に基地をつくって、遠征して
ボタ山の向こうに楽園があると底抜けに信じていた。
そしてぼくたちだけの独立国をつくりたかったのか
・・・・・・・・
その妄想から中学生へなる手前で現実に帰ってきた。
そうぼくたちをさせたのは、初恋だった。
ヤントンとぼくは、同じ人を好きになった。
しかし心の中で最後までお互いわかっていたくせに
口にせず大人になって、三人とも別々の世界へ巣立った。
遠い遠い昔の話ー
ヤントンは、もういない。
冥福を祈る。
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# by stgenya | 2013-11-18 04:24 | 出来事