A Happy New Year

A Happy New Year !明けましておめでとうございます。
このイヌ年はいい年でありますように。
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# by stgenya | 2006-01-02 11:56 | 映画・ドラマ

ゴムデッポウ

昨日草月ホールで伊丹十三の幻の監督デビュー作「ゴムデッポウ」を観てきた。
1962年に伊丹プロ製作で41年前に草月ホールで勅使河原監督の「砂の女」
と同時上映で公開されたらしい。翌43年にはATG系でも公開されたとのこと。
 つまりハリウッド映画に出演した伊丹がそのギャラでアリフレックスを買い、
当時結婚していた川喜多和子と自主製作した30分ほどの短編映画である。
脚本と助監督をこの和子さんが担当している。「砂の女」とのカップリングは
彼女筋の働きかけだったかもしれない。
 ストーリーは、自宅でゴム デッポウ遊びをして青春の退屈な時間を過ごし
ている若者たちが東京の街をぶらつき、またゴムデッポウに興じる。そんな
最後にいつも銀座のチロルという洋装店に勤めていて遅れてくるイッチャン
が仕事の愚痴をいい、伊丹と相棒がカメラに向かって銃を撃つ。
 これだけだと小津の「若き日」などの初期の無声映画のようだが、ゴダール
などのヌーベバーグ風な撮影を意識している。
そして特徴なのが多重的だということ。ひとりが画面いっぱいに映っていて
奥の、ときにはOFFで喧噪なおしゃべりがつづいている。これが随所にある。
 また舞台になっている麹町の立派な洋風の自宅の寝室で伊丹と恋人が
ベッドで寄り添う場面で伊丹が読書していて女がキスをせがむ。しかし伊丹
はいやだと拒み、女に他の女だったするくせにと悪態つかれてニヤリと笑うと
ころはその後の伊丹さんの離婚と川喜多和子の精神に異常を来す履歴を
匂わせているとも深読みしたくなる。
 しかし上映の後に村松友視と新井信との対談でこの映画からお葬式まで
伊丹さんは映画を撮らなかった。エッセイストとして過ごすが締め切り
や取材を気にせず当時の担当編集者の村松さんの目の前で原稿を書
いていたことからライブ感が好きだったので映画監督というものへ辿りつい
たのではないかという話は興味深かった。
 宮本信子さんの上映前の話で湯が原の家で偶然見つけたこのフィルム
のことは生前伊丹は誰にも言わず引き出しの奥に無造作にほったらか
していたという。もしかしたらこの処女作は、29才の青春の苦い失敗作
として「お葬式」までこの喪がとれるのを待っていたのかもしれない。
付け加えると映画作品としての失敗作ではなく青春の、という意味で。



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# by stgenya | 2005-12-28 06:52 | 映画・ドラマ

三丁目の夕日

映画の日に観る。
西岸まんがの映画化。昭和三十年代の風景をCGで
うまくつくっている。上野駅と東京タワーがよく
モーションコントロールで映像の中に収められている。 
 ただ原作のほのぼのとした人情コメディーの味が
破壊されてしまっている。
鈴木オートの主人を堤が寺内貫太郎のように頑固おやじ
として変えているが、成功したとは云い難い。
若いと悪態をつく際チンピラのようになってしまうからだ。
小雪のいる酒場で文学こと吉岡を馬鹿にするところなど
はどう観てもVシネマの鉄砲玉しか見えない。
 子供も紙芝居だが、文学のところに預けられる子役の子
はなかなかうまく最後で泣かされる。この子は芸達者だ。
 致命的にこの監督の映画は技術的には達者でも感情が
のらないのはなぜだろう。
 この山崎監督の前の「リターナー」もそうだったのだが
ハリウッドにも負けない画作りするのだが演技をつむぎ完結
させる力が弱い。
もっと鈴木オートを中心にして隣近所が顔が見えてなんとなく
あったかい気持ちにしなくてはならない。
そのいい例が駄菓子屋の文学が子供を最初に追い出して机に
ぼっとしていると又その子供が脇に戻ってきてびっくりするという
場面でカット割がおかしい。同ポジで切れないショットの中で
何時の間にか隣に座っているのが常套なのだが、カットを割って
しまっているので少しも観客は驚かないのだ。
ひとつの演技をどう演出すれば効果的なのかわかっていれば
もっと役者の演技をうまく引き出すことができる。
 この監督のこれからの課題だと思う。もっと面白くなったはずだ。
最後に薬師丸の母の感じは原作にちかくていい味を出していた。d0068430_16283493.jpg
 
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# by stgenya | 2005-12-08 16:29 | 映画・ドラマ

ランド・オブ・プレンティ

ヴィム・ベンダースの新作。
昨日有楽町で見た。そしてベンダース本人とのトークショーで
いろいろなことを聞いた。なるほどと思った。
 まず総評。やっとベンダースらしい映画に戻ってきたとほっとした。
愛国心の塊となってロサンゼルスの町を自主パトロールする初老の
ベトナム帰りの男・ジョン・ディールがいい。そしてこの男に母の手紙
を渡しにイスラエルからやってきた二十歳の娘役のミッシェル・ウィリアムス
もあどけない中に強い意志をもった感じをよく出していた。d0068430_15461148.jpg
 そしてホームレスの屯するダウンタウンで奉仕活動をするミシェル
・ウィリアムスとBoraxという洗剤の箱を街角で取引していたアラブ人
ハッサンを追跡していたジョンとがこのダウンタウンの路上でその
ハッサンが走ってきた車から撃たれて殺される場面で居合わせた。
 ふたりは、この男の遺体をトロナという砂漠の町にある実兄の家
まで偵察車で運ぶ旅にでる。
 ここからベンダース得意のロードムービーである。そしてそこは
地の果て最貧者の住むトレーナーハウスの集まりだった。
ハッサン・アフメットの兄は死んだ弟の家族の思い出を語り、ただ
単に若者の気まぐれでハッサンは撃たれたという警察情報が入ると
同時に全くハッサンという男はテロリストでもなければなんでもない
ことがわかる。むしろ潰れた洗剤工場の品物を売ってかろうじて貧しい
生活をしていたことがわかった。
 ミッシェルの母(ジョンの妹)からの手紙をけして読もうとしなかった
ジョンがはじめてその手紙を読み、死ぬ最後に和解して娘・姪っ子
を頼むということがわかる。
ここは、「パリ・テキサス」と同じで心を閉ざしていた主人公がはじめて
心を開く瞬間である。
そしてふたりは、ニューヨークのグランドゼロを目指す旅に出発する。
ベンダースは、ミッシェルを想定してこの映画のシナリオを書き16日
で撮り上げたという。すごいローバジェットだったと語った。
彼が語った中で印象に残ったのは、予算が大きければ作家の口挟む
分量が小さくなり何もできなくなる。今回は、全く自由につくることが
できた。といったことだった。ベンダースらしさが戻ったのはここにあった
のだ。それから二人の役者がいい。自然でこころの清らかな瞬間を
表現できるジョンとミッシェルとに敬意を送りたい。
豊かで勝者であるアメリカとその底辺にある貧しい生活者の側面。
そしてやられたらやり返す手法がどれだけ無意味な結果をもたらすか。
それが、この映画で9.11後のベンダースのどうしても創りたかったテーマ
だったということがひしひしと伝わってくる1作である。
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# by stgenya | 2005-10-27 11:55 | 映画・ドラマ

ミリオンダラー・ベイビー

今年の米アカデミー賞作品賞を受賞したC.イーストウッド監督作。
後半脳死状態になった愛弟子の自殺幇助するラストが問題になった。
「許されざる者」のときもそうだったが監督としての彼の手腕は、手堅い。
オーソドックスて゜丹念に役者の芝居を見せるしっかりとした演出て゜ある。
 この映画の場合元ボクサーだったモーガン・フリーマンがこの物語の
語り部であり、すぱらしい演技をしている。この設定か゜なければかなり
薄っぺらなものになっていただろう。
 ボクシング映画の常套は、人生の困窮からの脱出である。
主人公が貧しい方がいい。さらに家庭環境か゜複雑で不幸な生い立ちを
抱えていればいる方がなおいい。そして勝つことでその困窮を克服する。
 この映画もその例にもれないつくりになっている。たた゜イーストウッドが
違うのは、アメリカの地方都市に生きる貧しい人々をアメリカの現状として
眺めている点をしっかりと押さえているところだ。
 アイルランド語の名をもつ女ボクサーが勝ち試合でちょっとした油断から
半身不随の植物人間になる。ここで敬虔なキリスト者たるトレーナーは、
殺してくれという33歳のボクサーにて゜きないと答えるが悩んだ末女の逃げた
父親がこどもの頃に足の悪い犬にしたように自らの手で殺すのである。
この点いくつかの疑問がある。彼女が医学が進歩して助かるという望みは
完全に絶たれたのか、このまま植物状態であることに経済的絶望があった
のだろうか、なによりも彼女自体生きる意思を無くした確証のようなものが
この映画のラストから読み取れない。
それか゜なければトレーナーは単なる殺人者になってしまう。
前作もそうだがイーストウッドは、野生で生きるものは本来どうあるべきか
ということを云いたいようだ。人間は、所詮荒野でひとりでも生きていかなけ
ればならないという強い観念それを音楽も自分主演も自分監督も自分という
手法で映画をつくっている。ペシミストの映画である。ここが荒野から遠くなっ
た平成の者には受け入れざる者になっている気がする。
 因みに同じようにペシミストの意思で同じ手法の映画を作っているのが
北野武である。d0068430_1455074.jpg
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# by stgenya | 2005-10-14 14:57 | 映画・ドラマ

ターネーション

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iMovieで編集した個人映画が世界の劇場で公開されて話題になっているドキュメンタリー映画。かなり過酷な生い立ちが披露される。 しかしかつて日本映画学校の生徒がつくった同じような話のドキュメンタリーがあったがその方が感動した。子供の頃女装して母親を演じる貴重なシーンがあるのに全体をミュージッククリップ風につないでいるのが返って本質を見つめるのをそいでいる。ただ人の幼年期がいかにその人の人生や人格を形づくるのかということを思い知らされる。全てのドラマはここからの脱出の旅の中から生まれる。この作品で僕が思うのは、辛い現実を前にしてドラッグで高揚した自分に真実があるのか、醒めて泣き疲れた自分に真実があるのか、の構えが感動を決めるのではないだろうか。これがこの作品の単に個人の苦しみのトロに流れてしまうところではないだろか。
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# by stgenya | 2005-08-12 11:19 | 映画・ドラマ

モーターサイクル・ダイアリー

青春映画のすべてがここにある。
そしてこれが実話であり、あの「チェ・ゲバラ」の青年期のはじまりの
物語と知るとなお感慨深いものがある。
話は、そこそこいい家庭の医学生がバイクを持った友人と
南米大陸横断の貧乏旅行に出るところから始まる。
青春の無鉄砲。失敗と喧噪の連続。このふたりの青年には、苦悩や思想
などない。ただ闇雲にひとりは、恋人の15ドルを胸に冒険旅行が終わり
再び恋人の元へ帰ることだけを考えている無邪気な男であり、もうひとり
は、ただ愛車のバイクを乗り回し女にもてたいだけの男である。
それは、まるで子犬がじゃれるように生まれて初めての世界に飛び込む
切なくて明るいロードムービーだ。
そのときの空は、どこまでも青く、広がる地平は、どこまでも広い。
ああ。この空の青さをぼくらは、知っている。誰でも思春期から青年期へ
かけて旅に出なくても一度は感じる青さだ。この映画はよくその感じを
描いている。そしてこの映画が秀逸なのは中盤からバイクから徒歩になり
金がなくなり、直面する現実と遭遇する土地の人々の過酷な生活を目の
当たりにして主人公ゲバラが変わっていき最後は俳優の顔まで精悍に真摯
になっていくところである。このゲバラのフルショットでしばしば同ポジつなぎ
をしているカットがある。NGを間引きしたように普通は観られる失敗カットだが
これが瞬きのように見えて気にならない。主人公の心の変化をとどめる瞬き。
それは又青春という美しくて脆い、人生の一瞬の瞬きにも見える。
アルベルト役の俳優もすばらしかった。よくふたりがバランスがとれている。
ラストタイトルで実際のアルベルトの老人の皺の深い顔やゲバラの実際の
ハンセン病棟までの冒険旅行の古い写真を見せられると胸がつまる。




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# by stgenya | 2005-07-12 01:27 | 映画・ドラマ

宇宙戦争

スピルバーグの新作。映画の日の渋谷で満員にならず八割弱の客の入り様。
まず可もなく不可もなくと言っておく。
トムクルーズと組んだSFの第二弾。技術的にも作品てきにも
スピルバーグの新しさはない。
「ジュラシックパーク」の焼き直し的構造をもっている。
特にエイリアンに後半
地下室の中の狭い空間で追いかけられる場面は、JPにそっくり。
職人芸が見事に発揮され、これだけストーリーが単純であるにも
かかわらず最後まで見せる力量は大した物。
「未知との遭遇」「プライベートライアン」「ジュラシックパーク」
のいいとこを網羅した技あり。
トム・クルーズも市井の人として手堅い演技だ。
 ただここで新しい発見は、スピルバーグが敵との「戦争」にどういう
スタンスをとっているかがはっきりわかることだ。
できるだけ戦うなという主人公を最後まで貫き通す。これは
9.11のテロ戦争に対するひとつの気分と姿勢だと考えられる。
そしてそのためには
普通の人(しかしあくまで戦おうとする人)を殺してしまう。
この白黒の付け方は、戦う
アメリカの範疇でのyes,noの域をでていないのではないか。
このスピルバーグの変化は、ラスト近くの円盤から出てくる
エイリアンの死んだ手に象徴的だ。
「E.T」のラストの手とは対照的になっている。
ここには、もはや無邪気で陽気でどこまでも楽天的なアメリカはないのだ。




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# by stgenya | 2005-07-07 23:30 | 映画・ドラマ

霧笛荘夜話

浅田次郎の去年出た小説。
横浜の港の近くの一階が半地下になった風変わりな洋館の
安アパートに住む人々の人生模様を短編集のようにつづった
物語。
 東北から身一つで出てきたホステスや行き場のないちんぴら
、バンドボーイ、特攻隊の生き残りのマドロスさんなど・・・・
特に下っ端の若造に刑務所から出てきたらなめられてしまう
お人好しのチンピラが唯一得意なのが「かんかん虫」という
船についたフジツボをぶら下がって取る堅気の肉体労働だ
というのもせつないし、体の不自由な姉が弟のために尽くし
すれすれの愛情を交わすところとかいい話がそれぞれに詰
まっているけど、ただ全体に台詞が古くさく時代劇か思われ
るくらいステレオタイプなのがきになった。d0068430_2147308.jpg
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# by stgenya | 2005-06-18 21:48 | 文学

「茶の味」は、少なくていい味がでる

石井克人の去年カンヌへ持って行った「茶の味」。
 「アメリ」のような奇抜で日常と空想の入り乱れた映像
表現が持ち味の家族映画である。
 まず噂通りラストは少しホロッとくる。漫画家だったお
じいちゃんと大きな自分の空想から抜け出せない孫娘
との奇妙な関係がおもしろい。誰でも小学生のころこんな
空想に囚われるものだ。退屈な朝礼で全校生徒が炎天下
運動場に並んでいるとき校舎の屋根からゴジラが出てきた
らさぞ面白いだろうなあなんて空想して先生の話を全く
聞いていなかった幼年期を思い出す。
 ただこのバラバラに見えてある距離感をもって繋がって
いる春野家の描き方が雑でそれぞれのキャラがもう一つ
練り込まれていない。アニメーターに復活をかける手塚母
はまだしも三浦友和と淺野忠信は、相変わらず同じような
演技しかできなくてまるで春野家のお客さんのようだ。
 少なくても淺野のエピソードをそっくり外したらもっといい
映画になっていた、

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# by stgenya | 2005-06-12 20:16 | 映画・ドラマ